<目次>
 1.クサントス遺跡とレトゥーン遺跡(このページ)
 2.パタラとアンタルヤ
 3.イスタンブールでツアコンの真似事をする(1)
 4.イスタンブールでツアコンの真似事をする(2)
 5.イスタンブールでツアコンの真似事をする(3)
 6.飛行機の乗り継ぎ時間を利用して大英博物館に行く
 

  クサントス遺跡とレトゥーン遺跡

2013年3月、もう何度目かわからなくなってしまったトルコへ行って来た。

目ざした場所は地中海沿岸の中心都市アンタルヤの近くにある、古代リキア(リキュア)の遺跡。


<1日目>
羽田を深夜1時30分発のJAL便でパリに向けて出発。

自分の場合、深夜便は寝不足になるので、ヨーロッパ方面へ向かう場合、日本を昼に出てヨーロッパに夕方以降に到着する便を利用することが多い。しかし、この時は、出発直前に当時J2リーグにいたコンサドーレの開幕戦(ジェフ千葉との試合)の応援でフクアリ(フクダ電子アリーナ)に行くためと現地での時間確保のため深夜便の利用となった(15時少し前に試合が終わり、いったん帰宅。旅の最終準備をして後、夜羽田空港に向かった)。



2013年J2リーグ開幕戦。



6時ころ、パリのシャルルドゴール空港に到着。



早朝のシャルル・ド・ゴール空港。



10時30分、シャルル・ド・ゴールを出発(20分遅れ)。

乗継便はエール・フランス便だったが、メモには「相変わらずエール・フランスの機内食はうまい」とある。

14時40分すぎ、イスタンブール・アタチュルク空港に到着。

入国手続き、両替を済ませて、国内線ターミナルへ移動。

17時半、ダラマン空港に向けて出発。

18時40分、ダラマン到着。

ダラマン空港最寄りの中心都市はフェティエだが、この日は、そこまでは行かずにゴジェックという小さな村へ移動(空港バス=ハワッシュを利用)

なぜゴジェックなどという村に泊ることにしたのかは不明だが、フェティアまで移動するとかなり夜遅くなり、また、ゴジェックになかなかよさそうなホテルがあったからだと思う。

19時半すぎにダラマンの空港を出たフェティエ行きのバスは20時頃ゴジェック到着。

幹線と村へ入る道の分岐点でバスを降り、予約しておいたホテルに向かったが、途中、ある家の番犬に猛烈な勢いで吠えたてられた。飼い主が出てきて犬を落ち着かせてくれたが、夜間に観光客が歩いてやってくることなどないのだろう。犬にはよほどの不審者と映ったのか?



<2日目>



ホテルの廊下。




ホテル。家族経営のとても居心地のよいホテルだった。



8時40分、チェックアウト。

まず、ミニバスでフェティエへ移動(9時ころ出発、フェティエには10時ころ到着)。

11時のバスでフェティエを出発し、12時半ころ、この日の宿泊地パタラへの分岐点で降車。



パタラへの分岐点。ここでパタラ行きのドルムシュを待ったが、まったく来る気配がない。写真に写っている食堂の経営に携わっているらしいタクシーでパタラへ移動することにした。



13時20分ころ、フラワー・ペンション到着。3月のパタラは完全なシーズンオフで、『歩き方』によると、冬季はほとんどのホテルやペンションが休業するなか、ここは通年営業しているということだったので選択。

部屋に荷物を置くと、すぐに遺跡見物へ出かけた。

ただでさえ交通が不便な場所なのだが、冬季はさらに不便になりタクシーで回るしかない。

ここで見物する予定の遺跡はクサントス、レトゥーン、パタラの3遺跡だが、パタラ遺跡は徒歩圏内なので、まずクサントス遺跡とレトゥーン遺跡だけタクシーで回ることにする。

まず向かったのはクサントス遺跡。



クサントス遺跡の劇場。保存状態のよい劇場が存在感を示している。




リキヤ独特の石棺。リキヤでは死者を空中にまつる習慣があったため、このような石棺の置き方をしたとのこと。




一つ上の写真の石棺がどこにあるのかというと、ご覧の通り、劇場のすぐ上。こういう配置にどのような意味があるのかは、不勉強のためわかりません。




クサントス遺跡。




クサントス遺跡。劇場以外形のあるものはほとんど残っていないが、青空の下、遺跡内をブラブラするのはとても気持ちがよい。




クサントス遺跡。遺跡の周りには農地で、無数のビニールハウスがあった。




クサントス遺跡。



続いてレトゥーン遺跡へ向かった。
『歩き方』によると、アルテミスとアポロンを生んだ女神レトの名前からこの名がつけられたとのこと。



やはり、ここでも劇場が存在感を示していた。







ここは低湿地なのだろうか? 水がたまっており、古代建築物の石材の上で亀が休んでいた。




レトゥーン遺跡。神殿跡だと思う。




レトゥーン遺跡。




レトゥーン遺跡。こじんまりとした遺跡だった。