パルミラからアンマンまで移動

<7日目>


朝、遺跡見物に出かけた。ホテルと遺跡はこんな感じで近接している。立地は抜群だが、初めてパルミラを訪れたときはトラック隊も泊る安宿の雰囲気の漂う中級ホテルだった(一泊20ドル)。その後、何度も改装を重ね、今では完全な高級ホテル。こんな観光地のこのような立地で、安宿の雰囲気を残しておけというのは無理というものだろう。泊った部屋は一泊70ユーロ。遺跡のまん前の立地としてはまだリーズナブルというべきか。




空は晴れ渡ってくれたが、砂塵は若干残っていた。




早朝の太陽の光がいい感じです。










遺跡のど真ん中をバイクが走っていく。実は遺跡が通勤ルートになっているようで、割と頻繁にバイクが通っていった。こんな遺跡は他にあるだろうか?




一つ上の写真に写っているのとは別のバイク。




自分の影を撮ってみた。



8時10分ころ、ホテルをチェックアウトして、タクシーでバス乗り場まで移動(パルミラの街の中心部からけっこう離れていた)。



パルミラのバスターミナルのような場所(レストランと売店がメイン?)。ここの売店で、座席に空きのあるときのみチケットを売ってくれる。パルミラとホムスを結ぶミクロバスのターミナルは別にあって、そちらはパルミラ始発のバスもありそう(未確認)。しかし、こんな田舎なのにバスターミナルを街はずれにおく必要があるのか? 都市部は渋滞を避けるためというのはわかるが。




レストラン。




レストラン側から売店を撮ってみた。




古い電話が印象的だったので1枚。



メモによると、ダマスカス行きのバスは9時半ころ出て、11時少し前、ダマスカスとバグダッドの分岐点を通過したとある。道標にあった「ダマスカス100㎞、イラク172㎞」と距離までメモっている。行ったことがない、この先行くこともないであろうイラクへの想いが、そんなメモをとらせたのだろうか?

ダマスカス行きのバスは、座席が2列1列、革張りの豪華バスだった。こんなバスが走るようになったんだシリアも。これが正直な感想だった。そういえば、かつて幹線路線の中心だった国営カルナックバスはどうなったのだろうか。この旅ではついぞお目にかかれなかった、成田や羽田のリムジンバスとそっくりなデザインのその姿は。

さて、ダマスカスから先はどうするか。(1)ダマスカスで一泊してアンマンへ抜ける。しかし、これだとアンマンは泊るだけになる。(2)ダマスカスはスキップして一気にアンマンへ移動する。これだどダマスカスの旧市街を歩けず何度も歩いているからと自分を納得させなければならないが、アンマンから日帰りでどこか未訪問の観光地へ行けるという利点がある。

結局、選択したのは(2)。パルミラで早めのバスに乗ることができたので、明るいうちにアンマンに着けそうだし。

12時10分すぎダマスカス到着。

ここからアンマン方面への乗合タクシの出るガラージュ・ソマリエ(ガラージュはバスターミナルのこと)まで移動だ。ダマスカスのバスターミナルなども、以前来たときとは大きく様変わりしていて、市の中心部にあった、アンマンやベイルートへ行く乗合タクシーステーションもバスステーションと一緒に郊外へ移ってしまった。市内の渋滞を避けるためなのだろうが不便になってしまったものだ。

バスを降るとすぐにタクシーの客引きが来て、ガラージュ・ソマリエまでは「500ポンド(約12ドル)」という。遠いから高いのだと言いたいようだが、でも高い。そこで、バスをさがす。例によって言葉は通じないが、市内バスの係りと思われるおじさんに「ガラージュ・ソマリエ」と話しかけると(これだけでガラージュ・ソマリエへ行きたいのだけれどということは通じる)、バスを指さして教えてくれた。

念のために乗車の際も「ガラージュ・ソマリエ?」と運転手に声をかける。

ガラージュ・ソマリエは遠く、30分を要した。タクシーの運ちゃんの言い値の500ポンドも滅茶苦茶高いというわけではなかったようだ。ちなみにバスの運賃は10ポンドだった。

ダマスカスを13時20分ころ出発した乗り合いタクシーは、14時40分ころシリア側ボーダーに到着。14時55分、シリア出国完了。ヨルダン入国は、同行のシリア人の審査に時間がかかり(税関の方か?)、15時40分ころ、アンマンに向けて出発。

16時50分ころアンマンのアブダリに到着し、最初のヨルダン訪問からずっと泊っているホテル・キャラバンで部屋を確保した。

ホテルで一休みした後、両替と夕食のためにダウンタウンまで出かけた。かなり距離があるが、僕にとっては懐かしい道だ。アンマンの空気を味わいながら坂道を下った。



アンマンのアブダリ。かつてはここにもバスターミナルがあって、アンマン近郊へのバスが出ていたが移動してしまった。しかし、アンマン-ダマスカス間の乗合タクシーの会社はこの界隈にあり、客待ちの乗合タクシーが数多く駐車しており、横を通りすぎるたびに「ダマスカス?}と声をかけられた。




夕食を終えてホテルに戻る道。写っている大きなモスクはキング・アブドゥッラー・モスク。ホテルはこの近くにあり、朝は大音量のアザーンで起こされるが、この地域の旅行を味わい深くしてくれる要因ではある。後から振り返ってみると、とっても懐かしいのだ。




アンマンでの定宿となったキャラバン・ホテル。




ホテルの中。各階の中央にこのようなスペースがあり、その回りに客室が配されている。右側に見える写真は国王(のはずです)。