ひどい食中毒症状に襲われる <10日目>朝8時、キャフタ出発。アディヤマンに出て、そこからバスで地中海に面したメルスィンへ向かった。いや正確にいうと、メルスィンでバスを乗り換えて、さらに同じく地中海に面したスィリフケという街に行く向かうつもりだった。そこから山の中に入っていったウズンジャブルチュというところに保存状態のよい遺跡があるというのだ。 しかし、メルスィンに近づくにつれて体調がおかしくなってきた。寒気、吐き気があり、かなりまずい状態だ。メルスィンのバスターミナルそばのホテルに泊ったが、その夜は、下痢・嘔吐、39度の熱と典型的な食中毒症状。
<11日目> 朝、ホテルの人に話してタクシーで病院へ連れて行ってもらった。地元の裕福な人ちが行く病院らしく、比較的小規模な奇麗な病院だった。勧められるまま半日入院することにし、点滴をうってもらい、すこし容体が落ち着いた昼過ぎには病院の食事を食べた。当たり前かもしれないがトルコにも病人食があり、スープの中にパスタを短く切ったのを入れて、よく煮た、日本でのお粥のようなものが出された。 2時半ころホテルへ戻った。熱は既に下がり、腹具合も落ち着いており、どうやら大丈夫だろうと思っていた。夜も軽くだが食事をとることができた。しかし、その夜、今度は、40度を越える熱が出た。精神的にショックを受ける高熱だ。今度は下痢・嘔吐は伴わない。 <12日目> 朝、ホテルのフロントで体調が悪いことを話した。同じ病院に連れて行ってくれると思った。しかし、違うフロントマンだったためか、タクシーが行ってくれた病院は、前日とは別の、どうやら公立と思われる病院だった。 病院に着いたときは若干熱は下がっており、医者は「たいしたことない」と判断したようで、点滴だけの処置で終えようとしたが、途中で急激な震えとともに熱が上がっていったのを見て心配になったのか、尿検査と血液検査をした。検査に異常はなかったようだが、熱さましだろうか、けっこうきつめ(?)の注射を1本打たれた。これが効いたようで、その後、熱は急速に下がっていった。 結局、その病院には10時頃から15時少し前までいた。 医者が処方箋を書いてくれたので、それを持って病院のそばの薬局へ行った。するとどうだろう、普通の薬かと思っていたら、薬と注射を沢山くれるではないか。調子が悪くなったら、医者のところへ行き、これをうってもらえと言っている。これを使うような状態にはならないで欲しいが。。。幸い、この後、熱は出ず、腹具合も再び悪くなることはなかった それにしても体調悪化の原因は何だったのだろうか? 酷暑のイランで夜行バスを多用して疲れていたところに、何か悪いものを食べて、それにやられたのか? キャフタでの夕食で食べた何かなのか? ひどい具合の悪さからは脱却できたがフラフラだった。暑いなか観光を続けるのもきついので、この先の観光はなしにして、早々にイスタンブールに出て早目に帰国しようと考えた。 トルコ航空のオフィスへ行き、この日のイスタンブール行きの便の空席を確認したが満席(アンカラ行きも考えたのだったろうか?)。その後、メルスィン駅へ行って列車の空席を確認すると、アンカラ行きの個室寝台のチケットが買えた。メルスィンからアンカラへ直行する列車ではなく、イニジェというところで乗り換えが必要な列車だった(アダナからアンカラへ向かう列車に乗り継ぐということだったのだろうか?)。 17時ころ、ホテルをチェックアウト。 18時少し前の列車に乗車。 40分弱でイニジェに到着。 20時頃、アンカラ行きの列車で出発。 <13日目> 個室寝台で優雅な汽車旅といくつもりだったが、乗り心地はひどいものだった。線路の状態が悪いようで、夜中なんども体が宙に浮く感じがして目が覚めた。 9時半すぎアンカラ到着。定刻は8時なので1時間半も遅れたことになるが、当時のトルコではよくある遅れのレベルだったと思う。 これ以上、移動する元気もないので、アンカラ駅近くのちょっと高級なホテルに部屋をとった。 ホテルで一休みした後、アエロフロートのオフィスへ行き、帰国便の変更を試みたが空席はなし(アエロフロートの格安航空券だったのだが、予約変更可というチケットだった)。 その後、トルコ航空のオフィスへ行き翌日のイスタンブール行きの便の航空券を購入。
<14日目> 7時45分ころチェックアウト。注射器と薬剤は使うことはなさそうだろうということで、処分した。 8時ころ、アンカラ駅前から出ていた空港バスに乗車。 8時40分ころ、空港到着。 9時半すぎ、イスタンブール行きの便出発。 10時40分すぎ、イスタンブール到着。 荷物を受け取った後、国際線ターミナルへ移動した。ホテル予約に窓口に行くためである。頑張って観光する体力もないので、高級ホテルでホテル・ステイを楽しもうというわけだけれど、直接ホテルに行って空き部屋がない可能性があるし、そもそもバックパックをかついだ姿で、レセプションで「部屋ありますか?」というのも何なので。 確保したホテルは当時開業からあまり時間がたっていなかった(と思う)スイソテル(スイソテル・ザ・ボスフォラス)というホテルで、ドルマバッチェ宮殿のあたりから坂を上って行ったところにある、ボスポラス海峡を眺めることができるホテル。確保した部屋はもちろんボスポラス・ビューの部屋。
ホテルに荷物を置いた後、タクシムにあるアエロフロートへ行き、再度、早めの帰国ができないか尋ねたが、やはり空席はなし。
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