梅雨時の早朝の清水寺の様子を見てきた(2025.06)
10年くらい前からだっただろうか? 京都に行くとき、時々四条河原町あたりに泊り、早朝、清水寺まで散歩に行くようになったのは。

清水寺の拝観時間は(最近のものは知らないが)ガイドブック的には夜明けから日没までということになっており、それで早朝、八坂神社の境内を通り、高台寺の前、二年坂、産寧坂を経由して清水寺に至り、清水の舞台から朝日に照らされた京都市内を眺め、音羽の滝の水を飲み、四条河原町に戻るという散歩に出かけることが多かった。

去年(2024年)12月にも夜明け前にホテルを出て清水寺まで散歩に行ったのだが、外国人観光客の数が予想以上に多く、閑散とした早朝の清水寺やその界隈の風情はもう感じられなくなってしまったのかと思った。ただ、行ったのが12月初めで、まだきりぎり紅葉シーズン、つまり観光客の多い季節なので、観光客の少ない時期、例えば梅雨時はどんな状態なのだろうと思い、6月に再度、いつもの早朝散歩をしてみようという気になった。

ということで、2025年6月初め京都へ出かけた。雨天でも可と思っていたが、梅雨入りが遅れており快晴のもと散歩へ出かけた。

八坂神社によると少し遠回りになるので、まっすぐ清水寺方向に向かおうかとおも思ったが、やっぱりいつものパターンでと思い、八坂神社境内を通って行くことにした。

24年の12月には八坂神社を通らないルートを通ったのでかなり久しぶりの八坂神社であったが、四条通りに面した西門をくぐって本殿の方へ向かっていくと、今までとはちょっと様子が違うことに気が付いた。立ち並ぶ小さな社という社に「撮影禁止」の表示があるではないか。そして、本殿やその前の舞殿も撮影禁止。観光客の行き過ぎた写真撮影対策であろうことはすぐに理解できたが、近くにいた警備員さんに尋ねてみると、やはりそうであった。「境内でのちょっとしたスナップならばよいのですが」とのことだったが。



もちろん八坂神社の境内では写真は撮らず、これは神社を出て清水寺方面に歩き出してから振り返って撮ったカット。



この後、小さな路地も通りながら二年坂方面に歩いて行ったが、その路地にも写真撮影禁止の表示(貼り紙だったか?プラスチック製のプレートみたいなものだったか?)が。個別に作成したものではなく、業者に作成してもらったもののようで、町内会というか何か組織的な対策として行われている感じだった。昼間は小さな路地にも観光客が流れてくるようになっているのだなあと思う。


清水寺に着くと、6時をすぎたばかりにもかかわらず、すでにそこそこ観光客が訪れており、なかにはタクシーで来る人たちも。



清水寺西門から京都市街を望む。




西門の脇から(だったと思う)、仁王門と京都市街を望む。まだ6時10分だったが、観光客が三々五々来ていた。




舞台から子安塔を望む。




清水の舞台を見るとそれほど多くの観光客は見えないが、これを撮った場所(奥の院)はけっこうな人口密度だった。



やはり、外国人観光客に清水寺やその界隈は早朝は人が少なくて良いという情報が知られるようになっているようで、この後、八坂塔が見える通りでは写真を撮りに来た外国人がたくさんいた。



鴨川を渡って河原町方面に戻る。



早朝の清水寺の様子の確認が今回の旅行の最大の目的で、あとは適当にと思っていたが、出発前日、前年に見られなかった無鄰菴の見学を予約したので(11時から12時)、この後は、それに合わせて行動した。それで何となく歩くのも味気ないので6月に見られる花をテーマに歩くことにした。

9時頃ホテルをチェックアウト。京阪電車で祇園四条から三条京阪に移動して地下鉄東西線に乗り換え小野で下車。目的地は勧修寺(読みは「かじゅうじ」 しかし、この辺の地名は「かんしゅうじ」というらしい)。この寺では6月には菖蒲(花菖蒲)と蓮の花が見られるということで行くことにした。



勧修寺(かじゅうじ)。醍醐天皇の勅願寺で900年に創建されたが、1470年兵火で焼失した。その後、徳川氏と皇室の援助で復興され、宸殿、書院は明正天皇の旧御殿を移築したもの。




宸殿。




灯籠は徳川光圀が寄進したものといわれる。手前の背丈の低い木は1本の木の枝が広がったもので、木の名前はハイビャクシンといい樹齢750年と伝えられる。奥の建物は観音堂で昭和6年の建立。




観音堂と池と睡蓮と花菖蒲(ちょっと見えにくいですが)。




数は少なかったが花菖蒲も見られた。ところで正直なところ花菖蒲と菖蒲との違いがわかっていません。




あじさい。




宸殿の階段の手すりが珍しい造りらしい(曲がっている部分=この形に切り出している)。



勧修寺の後は無鄰菴へ向かった。



無鄰菴は地下鉄の蹴上駅から割とすぐだが、まだ時間があったので蹴上インクラインに寄った。写真はインクラインからちょっと琵琶湖よりの場所にあるびわ湖疎水船(蹴上と琵琶湖・大津港との間を運航)の乗下船場所。この船は人気らしく、この日は平日だったが終日満席との表示があった。




蹴上インクラインは、疏水を通る船が、蹴上船溜と南禅寺船溜の間にある約36mの高低差を乗り越えるために設置された傾斜鉄道。




蹴上インクライン。両脇は桜並木として有名。




無鄰菴。山県有朋の別荘だったところで庭園が有名。入場人数を制限しており、予約が必要(今回は観光客が少な目の時期だったので予約がなくても見学が可能だった)。山県有朋は、というか薩長藩閥政治家はその後の軍国日本のもとを作った人々で個人的は評価していないが、疎水の水を利用した庭園としての興味があったので以前から見てみたいと思っていた。




庭の水は琵琶湖疎水の水が利用されている。お寺の庭と異なり、自然な感じがするが、英国式の庭園の影響もあるとか。なお、庭や建物の写真は可だが、動画の撮影は事前申請と撮影料が必要、また、写真についても、人物、物品(持ち込み品)を中心的な被写体とした撮影、三脚・一脚・自撮り棒を使用する撮影、その他、他の見学者の見学や通行を妨げるような撮影についても事前申請と撮影料が必要。写真撮影の諸制限については、いきすぎた記念写真撮影を防止するための苦肉の策という意味合いが強そう。




一つ上の写真は、この建物(母屋だと思う)の前からのもの。予約した見学時間の途中、10分ほど説明がある(説明を聞く聞かないかは任意)。










建物の中からも撮ってみた。



無鄰菴を出るころには昼食時が近づいており、平安神宮(無鄰菴からそれほど遠くない)近くの国立京都近代美術館にオープンテラスがあるカフェがあるので、そこで食べてから平安神宮へ向かうことに。12時前少し前に入店したが、けっこう人気の店らしく店を出るころには沢山の人が並んでいた(食事の写真はありません)。