マラッカの街歩き

<4日目>
9時すぎに街歩きに出発。


泊まったホテルのあたり。なんの変哲もない通り。




まず、サンチャゴ砦へ行った。ポルトガル軍がオランダとの戦いに備えて1511年に建造した砦。




砦の上(?)から。往時の砦の様相はあまりうかがい知ることはできなかった。




サンチャゴ砦で出会った猫。猫にピントを合わせたはずなのだけれど、後ろの柵にピントが合っている感じ。実はオリンパスのボディにパナソニックの高倍率ズームレンズをつけていたのだが、ズームアップした際のピントが微妙にずれることを実感した一枚。ということで、このレンズはその後、売却した。




サンチャゴ砦がある丘には、昨日訪れたセント・ポール教会跡もある。そのセント・ポール教会で地元の人たちが、なにやら踊りの練習をしていた。




セント・ポール教会前に立つザビエル像(昨日、撮り忘れていた)。




昨日も撮ったけれど、もう一度マラッカ海峡を。




何ということのない風景ですが、セント・ポールの丘から眺めたマラッカの街。本当に何ということのない風景で期待を裏切られた感じ(マラッカの持つ歴史もあって期待が大きすぎたか?)



セント・ポールの丘を下り、スタダイスの前を通り、マラッカ川をわたりチャイナ・タウン方面へ向かった。



スタダイス。1650年、オランダ総督らの居住用に建設されたもので、東南アジア最古のオランダ建築。奇麗だけれど。。。




マラッカ川。船がよい雰囲気を醸し出してくれた。




猫。どこかのゲスト・ハウスの出入口?




中国寺院か?




一番興味があった建築物、カンポン・クリン・モスクへ向かう。ズラーッと駐車された車がなければ、と思うが。




スリ・ポヤタ・ヴィナヤガ・ムーティ寺院。カンポン・クリン・モスクと同じ通りに面しているヒンドゥー寺院。




カンポン・クリン・モスク。車が写らないように撮ってみた。ゴミ箱を何とかしてくれるとうれしいのだが。




カンポン・クリン・モスク。




カンポン・クリン・モスク。去り際にもう1枚。




チェン・フン・テン寺院(青雲亭)。1646年創建のマレーシア最古の中国寺院。




チェン・フン・テン寺院の屋根の装飾。




チェン・フン・テン寺院の前からカンポン・クリン・モスク方向を望む。




チャイナ・タウンのあたりのどこか。道路の上にライトが並んでいる。夜も行けばよかった。




永春会館。




ストレイツ・チャイニーズ・ジュエリー博物館。”straits chinese”はグーグル翻訳によると「プラナカン」、つまり、15世紀後半以来数世紀にわたり移住してマレーシアイに定着した中華系移民の子孫。ということで、ここは、リッチになった中華系移民の子孫が所有した宝石などお宝を展示した博物館。例によって入館前に撮り忘れていたので出てから撮影。




ジュエリー博物館という名前だが、ジュエリー類が展示されている場所は撮影禁止だったらしい(すでに6年半の年月が経過しており記憶が曖昧だが、ネット上にある色んな旅行記を見るとそういうことらしい)。




一つ上の写真の一部を大写ししたもの。




建物の中央部(?)に吹き抜けがある。




すっかり記憶がなくなっていて、この写真に何の意味があるのか?という感じだったが、ネット上にある色々な旅行記を参考にしつつ、次の写真を見ると何なのかがわかった。




同じ扉を逆側から撮ったもの。外から訪れた人から中は見えないが、内側からは見えるという作りになっている。




この部屋はプラナカン住居の中心となる先祖崇拝の間。二つ上の写真の扉はこの部屋の奥から、一つ上の写真はこの部屋の側から撮ったもの。この博物館はガイドの案内に従って見学するようになっていたらしく(このこともすっかり忘却していたが、色々な旅行記にそのことが記されていた)、ガイドが扉を動かして、「こちらからは見えるが、こちらからは見えない」と説明してくれたので、写真を撮ったのだろう。ということで、この部屋から奥がプライベートな生活空間だったということか?




同じくストレイツ・チャイニーズ・ジュエリー博物館。




マラッカ・ハウスというアート・ショップ。アンティークやレプリカを売っている。




ババ・ニョニャ・ヘリテージ。数百年前にマレーシアに移住した華人男性と地元のマレー系女性が結婚して生まれた子孫のことをババ・ニョニャといい(ババが男性、ニョニャが女性)、独自の文化を生み出したとのこと。この家はそうした文化の一端を知ることが出来る博物館。メモによると、入場料を払ったという記載がないので入っていない模様(ちなみに『歩き方』によると内部の写真撮影は禁止)。




赤が鮮やかだったので一枚。




昼食を撮った食堂(だと思う)。




またまたスタダイス前(オランダ広場)。チャイナ・タウンとの行き帰りには必ず通る。



ひるすぎ、いったんホテルに戻り、ネットを利用してコンサドーレの試合を観戦(東京の自宅で受信した放送をインターネット回線を用いて見た)。