アンコール遺跡群再訪3日目

早くも帰国の途につく日になってしまった。

シェムリアップから遠く離れた遺跡へ車で行く、という選択肢もないではないが、アンコールワットをもっとゆっくり見たいということで、午前中にシェムリアップから国道6号線を東へ13kmほど行ったところにあるロリュオス遺跡群へ行き、午後に再びアンコールワットを訪れるということにした。

ロリュオスはクメールの王都がアンコール地域に移る前王都が置かれていた地域で、これから見に行く遺跡は9世紀後半に建造されたものである。



最初に訪れたのは、プリア・コー。アンコール遺跡中、最古の寺院ということである。



プリア・コーを出るとき、孤児支援の募金を求めていた子供たちに小額だが寄付した。すると(4人くらいいただろうか)「お兄さん、どうもありがとう」と声をそろえてお礼を言ってきた。おそらくここを訪れる外国人に対して、それぞれの観光客の国の言葉でこうしてお礼をするよう練習しているのだろう。何か組織的な活動のようだが、何なのだろう(答えはロリュオスで最後に訪れた遺跡でわかった)。



次に行ったのはバコン。伽藍周囲に濠をめぐらした最初のピラミッド式寺院ということだ。



東楼門をくぐると、そこに子供たちがいて、「おにいさん、かっこいい」と声をそろえて声をかけてくる。次から次へと観光客が来るが、やはり言葉を変えて声をかけている。日本人の女性観光客には「おねえさん、かわいい」と声をかける。かなりのご年配のご婦人にも「おねえさん」である。

さては、さっきのプリア・コーの子供の一団は入場の際の声かけサボっていたな?






ロリュオス地域で最後に訪れたのはロレイ。入場する際、ここには大人の男性と一人の子供がいて、PACDOCという団体のパンフレットをくれた。この団体は、ロリュオス地域にある、孤児・ストリートチルドレンを支援する団体のようで、先ほどの子供たちはこの団体のもと生活している子供たちなのだろう。




ガルーダ(インド神話に登場する怪鳥)が、ナーガ(インドの先住民に崇拝すれた蛇神で東南アジアにも広まった)を吐き出しているようすを描いたレリーフ。




祠堂の入り口の部分に刻まれた文字(何を書いたものかは?)。




少し早めの昼食をとったあと、再びアンコールワットへ。多くの団体客が昼食ととる時間帯に入ったためか、こんなに観光客の少ない写真が撮れた。




97年の写真。今年の写真とは木のサイズが随分と違う。




第一回廊の側から西塔門の方を望む。







中央祠堂のデバター。







トゥクトゥクはアンコールワットの裏手(東側)で待っていてくれるということで、アンコールワットとのお別れは裏側で。



以上で、短いアンコール遺跡群再訪は終了。ホテルでバックパックをピックアップして、空港へ向かった。

15年半超ぶりのアンコールワットの観光地化は著しく、シェムリアップの変貌も大きかったが、シェムリアップの人々のホスピタリティは変わらず、というか増したか? というくらいで、トゥクトゥクのドライバーは感じがよかったし、ホテルのスタッフはいつもニコニコ接してくれて最高だった。

また、寒いときに避寒を兼ねてと思わせる旅だった。(終わり)