地中海岸の遺跡再訪2(アスペンドス・スィデ)

 8月19日.
朝から暑かった。ギリシャ行きはまだ決断できず。

8時半、旅先の自分にしては遅めの朝食をとり、絵葉書を数枚書いてから外出した。この日はアスペンドスとスィデに再訪する予定である。



ホテルからアンタルヤ港を望む。




敷地の一部に城壁があるホテルだった(はず)。一つ上の写真はこのあたりから撮ったものか?




プールもある、それなりのレベルのホテルだった。




ホテルのエントランス。



まずは、アスペンドスへ向かうことにした。当時、アンタルヤからアスペンドスの遺跡へダイレクトで行く公共の交通機関はないことになっていたが、念のためバスターミナルで尋ねてみた。するとやはり、最後は歩くか、タクシーかということだった(地球の歩き方にはバスがあると書いてあったが)。

アスペンドスの最寄の町セリク行きのバスに乗り(フロントガラスのところに、「セリク・アスペンドス」という行き先表示があったので期待したのだが、バス会社の人に「アスペンドス?」と問いかけても、エヴェット(イエス)という答えは帰ってこず、やはりアスペンドスまでは行ってくれない感じだった。

ところで、10時半少し前にアンタルヤのバスターミナルに着いたのだが、ちょうどマルマリス行きのバスが出るところだった。マルマリスまで行けば、ギリシャのロドス島はすぐである。明日はあのバスで行くことにしよう。ということでギリシャ行きを決断。

11時のバスで出発し、12時少し前にセリクに着いた。念のためバスの車掌にアスペンドスに行きたいという意思表示をすると、少し行ったところからバス(ドルムシュ)があるというので、そのあたりに人に尋ねたり探したりしてみたが見つけられず(長い時間待てばバスがやって来たのだと思うが)。結局はタクシーを利用することにした。

タクシーの運ちゃんはなかなか手ごわい交渉相手だった。というか一台しかいなかったので、完全に向こうのペースなのだ。往復約20キロ、観光中の待ち時間料金も込みで何とか20ドルにしたかったが、40ドルから始まったいい値が30ドルまで下がったところでピタッと止まってしまい、その金額で妥協するしかなかった。



アスペンドスの劇場(劇場の裏の丘から望んだ劇場とその後方に広がる光景)。何やら舞台装置が設営されており、やや興ざめだった。夏場は音楽などのイベントで使用されるようなので、古代の雰囲気に浸りたいのならば計画段階で注意しなけらばならないということを学んだ。





舞台を構図に入れずに撮影。


 

客席最上部の通路。


 


 


 

劇場の裏手にはアクロポリスの丘がある。若干の建造物が残っているだけで荒れ果てている。


 



いったんセリクの町に戻り、スィデに向かった。スィデ直通のバスもなく(少なく)、いったんバスでマナヴガットというところまで行き、そこからドルムシュに乗り換えなければならない。

セリクを3時15分頃出て、スィデには4時半ころ到着した。

スィデは紀元前7世紀にギリシャ人によって造られた植民都市で、アレキサンダー大王に破壊されたが、1~2世紀に大いに繁栄したという。半島状になった場所にある遺跡で、海風が心地よいのではと思ったが、日差しがきつく、のんびり歩けるという状態ではなかった。このへんの遺跡見物は春の天気の良い日に限ると、何回かの真夏の訪問で学習したはずなのだが、学習が活かされていない。



スィデの劇場。1992年に訪れた時には荒れ果てた状態だったが、綺麗に修復されていた。また、ここでも舞台が設営されており、現代っぽいものがあまり写らないようにカメラを向けた。




1992年のスィデの劇場。個人的にはこちらの方が好み。




アポロン&アテナ神殿。夕陽が美しいということなので、日本を出る前にはスィデで宿泊ということも考えていたが、アテネ行きが急浮上してアンタルヤに連泊することにした。日が沈むまで待っていると、アンタルヤに戻れるかどうか不安なので、夕陽はまた次回ということに(2011年夏に再々訪)。







スィデの街。