チュニス

<10日目>
8時半ころホテルをチェックアウト。

9時少し前にルアージュステーションに到着。

チュニス行きの客はどんどん集まっており、9時にはチュニスに向けて出発できた。

11時15分、チュニス到着。

11時45分、『ロンリーブラネット』で高評価だったホテル、メゾン・ドレに部屋を確保。フランス統治時代からのホテルなのか(建物自体はフランス統治時代からのもの)、ホテル内部も昔泊ったパリの古いホテルみたいで、部屋にシャワー室があるもののトイレは共同というものだった。

部屋で一休みした後、外出し昼食後、トラムでバルドー博物館へ向かった。

バルドー博物館は95年のチュニジア旅行に続き2度目の見学である。この博物館はカルタゴ遺跡の出土品やチュニジア各地で発掘されたモザイク画などを所蔵していて、特にモザイクがすごいという評判だ。

前回はサラッと見ただけなので、この時は少しじっくり見ようと思って行ったと思う。

ということで、前回は1枚も写真を撮らなかったが、この時はこれは面白いと思ったものをカメラに収めた(フィルムの残量が少なくあまり撮れなかったのだが)。

なお、この時は珍しく博物館のガイドブックを購入したので、それを見ながらこのページを作成している。ガイドブックの説明でわからなかった部分、たとえばギリシャ神話に出て来る神の名前の正確な読み方だったり、神の性質、神話の内容などについてwebで確認しながら書いた。モザイクの題材になっているギリシャ神話などについて知ると



古代ローマ時代の詩人のウェルギリウス(中央)を描いたモザイク(3世紀、スース出土)。手に持っているのはパピルスの巻紙。左には叙事詩、右には演劇を司る女神ミューズが描かれている。左側のミューズが手にしているのもパピルス、右のミューズが手にしているのは仮面。




スースの間(だと思う)。バルドー博物館はもとは宮殿(オスマン帝国支配下におけるチュニジア統治者が居住)だったところで建物も素晴らしいのだが、例によってフィルム節約のため撮っていない。




上の写真はホメロスの叙事詩「オデゥッセイア」中の「オデゥッセウスとセイレーン」の場面を描いたもの(4世紀)でドゥガで出土。オデゥッセウスはトロイ戦争で木馬を考案し、戦いの後の帰国の際してあった苦難の一つが描かれている。美しい歌声で航行中の人を惑わし遭難・難破させるセイレーン(怪鳥-足が鳥の形)のいる島の近くを通る際、船乗りたちの耳を蜜蝋でふさぎ、歌声を聴きたかったオデゥッセウスは自身を帆柱に縛り付けさせたという話。この後、セイレンの歌声でオデゥッセウスが暴れだしのをみて船乗りたちが船を進めると落ち着いた。




中央がオデゥッセウス(帆柱に縛り付けられている)。




セイレーンを拡大してみた(足に注目)。




豊穣と葡萄酒と酩酊の神であるディオニュソスが各地を遍歴した際に海賊にとらえられた時の話を描いたものらしい。ディオニュソスは危機を脱し、海賊は彼によってイルカに変えられたという話らしい。




船首側にいるのがディオニュソス(博物館のガイドブックにはチャイルド・ディオニュソスとあり若いというかまだ子供のディオニュソスらしい)。右の太った老人はディオニュソスの従者のミレーノス(だと思う)。服を着ているどちらかがサテュロス(ディオニュソスの仲間)でどちらかがディオニュソスを信奉する女性マイナスだと思う。この旅行で買ったバルドー博物館のコンパクトなガイドブックの簡単な説明を参考にしているのでよくわからないけれど。




何の話を描いたものかわからないけれど、のんびりと魚釣りをしている青年の姿が面白かったので拡大してみた。




海の生物たち。




ギリシャ神話に登場する吟遊詩人オルフェウス。竪琴の名手で動物も魅了したということを描いた場面?



この日の夕食はマトマタのホテルで一緒になった海外協力隊員の方たちとの会話で話題にのぼった3.8ディナールの定食屋で食べた。定食がいくつかあり全部(だったか?)3.8ディナール(日本円で350円くらい?)なのだ。店の名前はわからないが『地球の歩き方』を見たところ、どうもカルカッソンヌという店らしい。



<11日目>
朝食の際、食堂で2人組の日本人と一緒になった。(シチリアから船でチュニスに入ったとのことで、船のことを興味深く聞いたのだと思う)

この2人がチュニジアのガイドブックの類を一切持っていなかったので、『地球の歩き方 フロンティア』と『ロンリープラネット』を貸した(自分は翌日チュニジアを離れることになっているので夜までということで)。なお、『ロンリープラネット』は差し上げた。さすがに『歩き方 フロンティア』の方は貴重なので差し上げられなかったが。

午前中は特に何をみるともなしにメディナを散策。






タイルで描かれた旧市街の地図。これを見て歩いたのだったろうか?




どこだ? webで色々と画像を探したがわからなかった。→ダル・ベン・アブダラー博物館であることが判明。18世紀末に建てられた邸宅が博物館に転用されていて、web上で見られる情報によると、当時の上流階級の生活に関する展示がなされているとのこと(すっかり忘れてしまった)。ちなみに「ダル(Dar)」というのは「家」という意味。




ダル・ベン・アブダラー博物館の建物にある井戸。




ダル・ベン・アブダラー博物館の入口。ちなみに上の方に載せたタイル製のチュニス旧市街案内板にこの建物が描かれているので、ここへは上記の案内板を参考にして行ったものと思われる。






午後はシディ・ブ・サイド、カルタゴへ行き、写真も撮らず何となく歩き回った。



このカルタゴで撮った唯一の写真。古代カルタゴの港にある船を係留する施設跡か?




<12日目>
8時半の飛行機でローマに向けて出発。

9時45分、ローマ到着。

ホテルはローマ市内にはとらず、比較的空港に近い所を選択。

昼から午後にかけてローマ市内を観光。

スペイン広場やコロッセオに行ったが、写真は撮らなかった(持参のフィルムは底をついていた)。

ローマは今後何度も訪れるだろうから、ちょっとした下調べだ、という感じだったのかと思う。



<13日目>
帰国の途についた。

終わり。