「彼女は12年前に働くのをやめた」


一夜明けてホテルの食堂へいくと、そこはトルコ人団体で賑わっていた。初めて、このホテルに泊ったころは、ヨーロッパの安いツアーが利用していたようだが、時が移り、トルコ経済も発展し、団体で国内旅行をするようになったのだろうか?

昔よくしてくれた老ホテルマンがまだ元気で働いていることを期待して、食堂に降りて行ったのだが、やはりいなかった。彼がいれば、かつてレセプションにいた女性の消息を尋ねようと思ったのだが。

さて、この日はイスタンブールを出て、かつてタイルの産地として栄えたイズニックへ行くつもりだった。

イズニックには、マルマラ海沿いのイエニカプからヤロワまでフェリーで1時間、さらにミニバスで1時間、計2時間の行程である。ただ、例によって船の便は調べていない。ちょうどよい時間のフェリーがなければ予定変更のつもり。

9時すぎチェックアウトしたが、その際、くだんのおばさんのサインが入ったこのホテルのカードをレセプションの男性にみせて「知っているか」と尋ねてみた。ホテルの従業員はけっこう代替わりしているような感じだったので、「残念ですが」という回答を予想していたのだが、彼の答えは「She stopped working 12 years ago.」。知っていたのか彼女を。

「彼女なら12年前に働くのをやめましたよ」

「働くのをやめた」という表現がなんとなくきつく感じられた。引退という言葉を使わなかったのは、たぶん意図的なものではなかったのだろうが、ホテルの経営権をめぐる争いか何かに巻き込まれて「働くのをやめざるをえなかった」のではなかろうか、などと思わず想像してしまった。

しかし、突然尋ねられて「12年前」とキッパリ答えられるとは?

やはりもしかして、何か大きな問題がこのホテルに起こり、それで、この男性の記憶にも「12年前」という時期が刻み込まれたのか?

しかし、この国では質問に対してあやふやな知識でも自身満々で答えるという場面にしばしばでくわすので、「12年前」というのもその類のものなのだろうと、一人で納得してしまった。

「彼女、どこかで働いていないのですか?」と尋ねようとも思ったが、結局は「そうですか」と答えて、宿泊料金を払って、少し重いホテルのドアを押してしまった。このホテルとの縁はここまでだな、と思った。それと同時に僕のトルコ旅行は新しい段階に入ったとも感じた。


イエニカプへ行くと、フェリーは午後までないということがわかった。今日のイズニック行きはとりやめである。旧市街のスルタンアフメット地区(ブルーモスクの界隈)に出て、今日のホテルをさがすことにする。



車の上に猫がいる、だから~ネコぐるま~♪♪? どのあたりに泊ろうかとスルタンアフメット地区を歩いていると、猫だらけの道があった。



この柵のすぐ裏手がアヤ・ソフィア寺院。


部屋からの景色がよさそうなホテル、まだ新しそうなをホテルを物色して歩いたが、結局は、何度か泊ったことのあるプチホテルに落ち着いた。


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