哈爾浜(ハルビン)-牙克石(ヤクシ)-加格達奇(ジャグダチ)-瀋陽 <2日目続き>ハルビン市内の観光を終え、ホテルで荷物を受け取った後、ハルビン西駅へ。ここも高鉄の駅として設けられたもののようだが、本日乗車するのは在来線の満洲里(中ロ国境の街)行きの列車。 17時41分、定刻で出発。
<3日目>
ところで、牙克石-加格達奇間の移動には別の選択肢があった。 牙克石からは1本早い満帰というところへ行く列車に乗り、これで伊図里河まで行き、そこで後から来る今回乗った列車に乗る。そして、前者は硬座に、後者は硬臥を利用するというもの。 満帰行の方が古い車両を使っているようで、昔旅した中国を懐かしむには良い選択肢だと思ったのだ。が、万が一、混雑していたら車窓を楽しむどころではなくなるだろうと思い、加格達奇にまっすぐ行くことに。 加格達奇へは硬臥で行くことにしたが、理由は2つ。1つは混雑で車窓を楽しむどころではなくなる危険性がない、もう1つは、昼間は3段ベッド下段に客が座ることになり、下段を確保できれば「どうぞどうぞ座ってください」という感じで、他の乗客との交流がうまれやすいということ。(軟臥はちょっとお金持ってます、という感じの客と一緒になることが多く、ちょっととっつきにくい) 実際の列車は、ものすごく混んでいるような状況ではなく、1つ目のメリットはそれほどでもなかった。2つ目だが、下段のベッドのチケットが手に入ったので、他の客に「どうぞどうぞ」と言える立場になれた。(自分が中段・上段だったら通路にある収納型の椅子に座り続けていて、寝台に座らせてほしいという態度はとれなかったと思う) 僕の乗車したブロックは、上段には客がおらず、向かいの下段はモンゴル族だろうか満州族だろうか鮮やかな青のセーターというかシャツというかを着た、けっこう年配の女性で、終始何か食べているか寝ているか。その上は40前後の女性、僕の上は50くらいだろうか、かっぷくのよい男性。 最初、4人はまったく話すという感じではなく、それぞれの時間をすごしていた。 何時間かたって、向かい女性2人が世間話を始め、それに男性も少し加わるようになって、ずっと横にならずにいた僕に、若い方の女性が「横になってもいいんだよ」という感じで話しかけてくれた。 よいメンバーに恵まれた。 最後にはかなり打ち解け、加格達奇近くでは、男性が、定番の列車持ち込み食らしい、ぶっといソーセージをくれたり、向かいの食べてばかりの女性が何かの種(スイカだと思う)を分けてくれたり。で、男性のくれたソーセージが、僕をこの晩の空腹から救ってくれた。 駅を出たら個人経営の小吃店で夕食でもと思っていたのだが、そういう店がまったく見当たらなかったのだ。どうやら、20時くらいになり、とうに夕食タイムが終了してしまったようなのだ(昔の中国はかなり厳密に食事どきが決まっており、その時間をはずすと食事にありつけないということがけっこうあったのだが、この辺りでは、そういう昔ながらの食事の習慣が残っているのだろうか?) 今日はホテルの予約はなし。幸い、駅前にはホテルが何軒もある。駅の真ん前のホテルで部屋の有無を尋ねると、最初「ヨウ(有)」と言っていたのに、やはり「メイヨウ(没有)=ない」となって、他のホテルを紹介してもらった。しかし、紹介してもらったホテルがすぐに見つからず、結局、次に目に入ったホテルに空室があり、そこに泊ることにした。 <4日目>
<5日目> 地下鉄でハルビン西駅に出て、7時54分の高鉄で瀋陽へ移動(30秒くらい早発)。 10時22分、定刻で瀋陽到着。瀋陽は昔からある瀋陽駅にも高速鉄道が乗り入れている。
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