マドリッドからブラジルへ

<6月15日>
ヒマワリというヨーロッパでの目的は達した。次なる目的はブラジルワールドカップである。とはいっても、まず、マドリッドまで移動しなければならないし、マドリッド行きのAVEの出発まで少し時間がある。ということで、少しだけセヴィージャ観光をすることに。選択した観光場所は、ホテルからそれほど離れていないピラトの家というところ。チェックアウトを済ませ、ホテルに荷物を預かってもらったが、荷物預かり料金として2ユーロ取られてしまった。宿泊代がヨーロッパとしては格安なのでいたし方ないか?

おそらくけっこう早い時間から30度を超えているのだろうが、湿気は少ない分、朝はすがすがしい。特に日陰だとほとんど暑さは感じられない。そんななか、ピラトの家へ向かった。



ピラトの家と呼ばれる16世紀にタリファ侯爵によって建てられた、ムデハル様式とルネッサンス様式とが組み合わされた邸宅。ピラトはキリストに死刑判決を下したローマの総督だが、人々がピラトが住んでいた家はこのようなものではないかと想像したことから「ピラトの家」と呼ばれるようになったという。




ピラトの家。ムデハル様式(レコンキスタ後も残留したイスラム教徒による建築とキリスト教の建築様式が融合)の特徴である、イスラム的な幾何学模様が随所に見られる。



ピラトの家を出たあとは、あてずっぽうにヒラルダの塔方面へ歩き、そこからホテルに戻って、荷物を受け取り、バスでサンタ・フスタ駅へ向かったが、これが失敗で、循環バスの逆回りに乗ってしまった。10分かそこいらで着くところを、40分かかってしまった。まあ、ものすごく時間に余裕があったので、何の問題もなかったが、セヴィージャのことを何も調べず来て、セヴィージャの交通システム(バスとかトラムとか)が変わる前の『地球の歩き方』の切れ端しか持ってきていないのに、ツーリスト・インフォメーションで情報を交通情報を入手することを怠ったので、こうなるのも仕方がない。



スペイン国鉄の高速列車AVEの一等車の車内。スペイン国鉄は早期に予約すると安い料金で乗ることができ、日本で買うと若干の手数料を取られるものの、かなり安くチケットが買える(今回は9000円くらいで買えたか?)。2等の料金と大差がなかったので1等を選択。




1等は食事つきである。昼は駅でハンバーガーをかじっただけだったので、しっかりいただいた。



14時45分にセヴィージャをでたAVEは、17時15分、マドリッド・アトーチャ駅に到着。地下鉄で、この日のホテルの最寄駅、SOL(ソル)へ向かったが、駅名がボーダフォン・ソルに変わっていた。駅の命名件を売るということもあるのか。。。





ソルのあたりの歩行者道路。色つきの日よけの布で覆われていた。




マヨール広場。マドリッドに来たときは必ず寄っていると思う。




マヨール広場を囲む建物の柱の陰でフラメンコの歌を唄う青年。駆け足のこの旅で感じられた数少ない”スペイン”



<6月16日>
ブラジルへ向けて出発する日だが、飛行機は16時半発なので少し時間がある。マドリッドにもう一泊という日程だったら、マドリッド近郊のどこかへ出かけるところだが。

色々と迷ったあげく、軽く散歩をするだけで、早めに空港に行き時間をつぶすことに。



何度か来たマドリッドだが、まだ来ていなかった王宮。



11時15分ころホテルをチェックアウトして、地下鉄で空港に向かう。早目に空港に行ってチェックインを済ませ、ラウンジで昼食を食べて、食費を浮かそうという考えである。12時半くらいには空港に到着したと思うが、まだ、チェックインカウンターはあいておらず、13時20分ころようやくチェックイン。セキュリティチェック・出国検査を済ますと、ラウンジに直行した。

さて、この日の最初のフライトはマイアミまで。マドリッドからブラジルへは、サンパウロ行きの直行便があるのだが、マイアミ乗り継ぎという、かなりの遠回りルートとした。その理由は、ブラジルの国内線の高さだった。

2013年12月、ワールドカップでの日本チームの試合日程が決まると、すぐにホテル・航空券の手配に入ったのだが、自分が観戦しようと思ったナタルへは、サンパウロから5万以上したのだ。普段はもっと安い航空券があるようなのだが、ワールドカップの影響か、すでに安い航空券は売り切れていた。ということで、アメリカン航空にアメリカらナタルに近いレシフェに飛ぶ便があったので、それに乗るため、まずマイアミまで飛ぶことにしたのである。(2014年4月からブラジルの航空会社であるタム航空がワンワールドに加盟したが、世界一周航空券を手配した段階で加盟していたならば、迷わず、マドリッド-サンパウロ-ナタルというルートを選択していただろう)。


ほぼ定刻の16時半にマドリッドを出発したイベリア航空便は、20時、ほぼ定刻でマイアミに到着。23時15分発のレシフェ行きアメリカン航空便に乗り継いだ。


<6月17日>
8時20分、定刻通りレシフェ到着。入国審査はスムーズ済み、税関はノーチェックで通過。白タクの客引きが言い寄ってくることもなく、とりあえず100ユーロを両替して、定額の空港タクシーで予約してあるボア・ビアジェン地区にあるホテルへ向かった(当初はレシフェの近にあって古い町並みの残るオリンダにホテルをとっていたが、翌朝の空港への移動、観戦チケットのピックアップの便を考えて、この旅の出発間際に変更した)。



午前中の早い時間帯だったが、部屋に入ることができた。通された部屋は居間と寝室が分かれた部屋だった。この部屋で日本円で7000円弱。軒並みワールドカップ価格のブラジルにあって、少々くたびれた感じのホテルではあるが、こんな値段で、こんな部屋に泊れるとはビックリだが、直前にキャンセルが出たからなのかもしれない。




部屋からの眺め。レシフェはビーチリゾートとして有名らしい。が、なぜかビーチには人がいない。ワールドカップの試合の狭間で客がいないのか? それともこの日は夕方からブラジルの試合があったからか? しかし、ブラジルの試合は夕方で、この写真を撮ったは午前中なので、そうではないと思うが。



さて、マドリッドから合計で18時間余りのフライトで疲れきっていたが、まずはワールドカップの観戦チケットを受け取りに行かねばならない。レシフェにおける発券所は、ショッピング・レシフェというショッピングセンターに設けられていた。チケット発行の際の混雑を見越して、FIFAのサイトで優先的にチケットを受け取ることのできる時間帯を指定できるようになっていて、僕は12時~13時の時間帯を指定していた。しかし、おそらく、もうチケット発券の混雑はないだろうと思い、10時半ころ、タクシーでショッピング・レシフェに向かった。

ショッピング・レシフェは広大なショッピング・センターだったが、タクシーの運転手が付き添ってくれて、ショッピングセンターの人に尋ねてくれたお蔭で、迷わずチケット発券所に到着。着いてみると、予想通りまったく混雑はしておらず、というか、誰も並んでおらず、あっさり発券終了。

ホテルからショッピング・レシフェがかなり離れており、また、ショッピング・レシフェでのタクシーの待機時間(実際には運転手がチケット発見所まで案内してくれた)もあったため、往復で3000円強もかかってしまった。チケットは日本に郵送してもらうことも可能で、こちらは40ドル(約4000円)だったので、若干安くあがったのだが。

ホテルに戻り、昼食をとった後、この後、どうするか考えた。当初泊る予定だったオリンダまでタクシーを飛ばして観光してくるか。しかし、16時からブラジルの試合があり、午後には街は人通りがなくなるだろう。そういう状況ではただでさえ治安の悪いブラジル。治安の悪さに拍車がかかる恐れがある。それに、考えてみると、見られる眺めはポルトガルの町並みに似た町並みである。ポルトガル風の町並みに、ポルトガル語以外の看板とかが並んでいると珍しいが、ポルトガル風の町並みにポルトガル語の看板とかなのだ。よく考えるとあまり新鮮な眺めではない。加えて、治安の悪さのため、路地裏探訪はできないときている。さらに、昼食後、猛烈な睡魔が襲ってきた。ということで、オリンダ観光という選択肢はあっさりと捨て去り、部屋でブラジル-メキシコ戦を見ることにした(結局は眠くてほとんど見られなかったが)。


          

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