マドゥライ

<3月10日(6日目)>
11時50分、定刻より1時間ほど遅れてマドゥライに到着。駅のホームでチャイを一杯飲んでから、街へ出た。駅を出ると早速オートリキシャーの客引きがやってきた。けっこうしつこい。リキシャーのドライバーをふりきって、駅近くのホテル(パーク・プラザ・ホテル)にチェックイン。それほど混んでいなかったらしく、ミーナークシー寺院が望めるよい部屋に案内された。



僕が乗車した車両。3段ベッドが向かい合わせになっており、通路をはさんで2段ベッドがある。僕の寝台は3段側の一番下。満員ではなかったようだが、僕が乗車したときには、僕の寝台の上と向かい側の各段にはすでに客がいて眠りについていた。ACクラスは、車掌に頼めば、枕や毛布を貸してくれるらしいのだが、予習をしていかないのがいけなかった。かなり寒い思いをした。幸い、向かいの客がまだ真っ暗なうちに下車したので、その毛布を使えたが、そうでなければ風邪をひいたかもしれない。




なかなか眺めの良い部屋(室料は日本円で約3600円)。この景色のために、このホテルを選んだ。



昼食後、さっそく街へ出た。コーチンでは見かけることがなかった街中の野良牛、そしてゴミがちらかった通り。先ほどの駅でのリキシャ―の客引きもそうだが、インドの旅らしくなってきた。






野良牛。




ホルスタイン種の野良牛もいるのか?




この街一番の目的地ミーナークシー寺院の塔門(西の塔門だと思う)が見えてきた。




ミーナークシー寺院へ接近。見えているのは西側の塔門。




ミーナークシー寺院は16世紀にほぼ完成。塔門が印象的だが、これは南インドのヒンドゥー寺院でよく見られる基本的な形らしい。マドゥライはタミルナードゥ州第3の都市だが、この寺院には数多くの巡礼者が訪れ、その門前町という感じである。





西側の塔門の入り口。寺院の周囲にはけっこうしつこい物乞いがいて、インドインドした感じ。うさんくさい案内人のような男が寄ってきて、近くのビルに屋上から塔門を見下ろすことができると勧めるが、そのビルは大きなお土産屋で、案内した観光客がそこで買い物をすると、案内した人間にいくらかのバックがあるのだろう。声をかけてきた2人目の男についていき、土産物屋に入ってみたが欲しいものはなく、「何も買わなくても屋上に登れるのか?」と聞いたら、答えは「ノー」だった。ということで屋上へは登れず。




西側の塔門。無数の神々が彫られているが、ご覧の通りの極彩色でかなりけばけばしい。




南の塔門?



ちょうど観光客の入場ができない時間帯だったため(てもとにある2010~11『地球の歩き方』によると5時~12時半、16時~21時半が開いている時間)、ミーナークシー寺院の南1キロくらいのところにあるティルマライ・ナーヤカ宮殿(17世紀に建てられた建物)に行った。



南の塔門前の通り。西の塔門前の通りと比べるとずっと細い。




ティルマライ・ナーヤカ宮殿




ティルマライ・ナーヤカ宮殿




ティルマライ・ナーヤカ宮殿




寺院の東側の道にあった花屋。寺院へ供える花を売っている。写真を撮っていいかというと、快く応じてくれたうえに、花を3輪ほどくれた。




ミーナークシー寺院内部。寺院内に入る際は裸足になる必要がある。入り口には靴を預所があるが、そこでは預けるとき、受け取るときときそれぞれでチップを要求される。




ミーナークシ寺院内部。肝心の水がほとんど写っていないが、礼拝する人たちが身を浄めるための池(黄金のハスのタンク)とそれを囲む回廊。




黄金のハスのタンクを囲む回廊。




千柱堂(『歩き方』によると実際は985本だそう)。博物館になっている。これ以降の写真は、超スローシャッターでの撮影のためブレブレですが、超個人的な記録として載せておきます。




千柱堂。




千柱堂。




千柱堂。




千柱堂。




あまり秩序のない道路。インドだ。




バイクの男性の鋭い視線。







西日に照らされた西の塔門。




ホテルからの眺め。