タシケント発ウルムチ行きの列車なく、アルマトゥからウルムチへ

8月19日。
10時半のバスでタシケントへ向けて出発。午後3時10分、タシケントのバスターミナルらしきところに到着。普段の自分ならばバスなどで中心部に出ることを考えるのだが、このときはタシケントから先の切符は大丈夫なのかと心配で、すぐにインツーリストの窓口に確認に行きたいと思い、タクシーを使った。



サマルカンドのバスターミナル。



3時40分すぎウズベキスタンホテル内のインツーリストを訪れると、タシケント-ウルムチの列車のチケットは取れていないというではないか。なぜだと聞くと、そもそもそのような列車は運行されていないという。中国の列車時刻表の記載は何だったのか? そもそも、日本のA旅行社は、運行されていない列車の手配をなぜ引き受けたのか。おそらく、インツーリストの組織もソ連解体の結果ボロボロで、中央アジアとモスクワ本部との連絡も混乱していたものと推測される。これで、インツーリストの手配通りに旅程をこなすという、基本的ルールにのっとらない旅行ということになった。

ウズベキスタンホテルのインツーリストのロシア人のおばさんは、列車の出発点はカザフスタンのアルマトゥで、アルマトゥ行きの飛行機がもうすぐ出るから(タシケント到着後タクシーを使って正解であった)、お前はそれに乗らなければならないと言う。

列車の切符の有無はアルマトゥに行かないとわからないというし、アルマトゥからの中国行きの列車は週2便しかないので、言われるままアルマトゥに移動するしかない。当然、タシケント-アルマトゥ間の飛行機代はバウチャーに含まれていないので直接支払い。料金は90ドルだった。航空券を発券すると、インツーリストが手配してくれた車で空港に向かった。出発時間が近づいているため、運転手は車を猛然とダッシュさせた。

4時40分ころ、空港到着。しかし、出発は遅れに遅れ、飛行機は21時を回ってやっと動き出した。

ウズベキスタン時間の22時半アルマトゥ到着。カザフスタンの入国審査はノーチェックだった。

ところで、ウズベキスタンとカザフスタンには時差があり、カザフスタン時間では既に0時半だ。深夜のためアルマトゥ市内への交通機関はタクシーのみ。ぼったくりタクシーがいるかもしれず、はっきりいって怖いが、それしかないのだから仕方がない。

空港の職員に市内までの相場を尋ねるが、言葉が通じなく要領を得ない。しかし、この時は幸いにして、あくどいドライバーにはあたらず、10ドルで市内まで行ってくれた。ガイドブックに載っている数少ないホテルの一つ(今はたくさん載っている)、オトラル・ホテルへ行くと、表玄関の鍵を閉めるところだった。時計は午前1時を少し回っていた。予約は当然ないが幸い部屋は空いていた。

8月20日。
朝、早速、ホテル内のインツーリストでウルムチへの列車のチケットについて尋ねてみた。出発は21日の夜。しかし、直前だと買いにくいチケットらしかった。じたばたしても仕方がないので、成り行きに任せることにした。最悪の場合、飛行機でカザフスタンを脱出してもよい。面白くなってきたとさえ思っていた。



アルマトゥ市内を散策。結婚式(?)を祝う車。




マルマトゥの公園内にあった建物。



後でまた来るように言われたので、午後(翌日だったかもしれないがメモがなく不明)、またインツーリストを訪れた。インツーリストのおばさんは難しい顔をしていたが、「ドルキャッシュはあるか」と言ってきた。「もちろん」と答えると、そこから先は話が早かった。途上国や経済的に苦しい国においてドルキャッシュの威力は絶大なものがある。ドルキャッシュは誰か偉い人の懐に入り、その人のルーブルで鉄道チケットを入手するのだろうか? それともこのおばさん意外と現場の実権を握っていたりして・・・そんなことを考えながらドルを支払った(料金はいくらだったたか? これもメモがなくわからない)。


8月21日夕方、ホテルに鉄道駅までの運んでくれるマイクロバスが来た。西洋人の団体と一緒だった。鉄道好きのグループなのだろうか。もちろん、この鉄道、観光旅行客のためのものというよりもカザフスタンと中国新疆との間の人の往き来、商売のためのものという性格が強く、中国人客も多いようだ。そのため、駅のところどころに中国語表示があり興味深かった。



アルマトゥ駅のホームにて。




アルマアタ(アルマトゥ)-ウルムチの札がかけられている。




ロシア語、中国語ともう一つどこだろう、3カ国語での表記がある案内板。




駅の写真を撮っていなかったので、いったん外に出て撮影。




21時20分、ウルムチ行きの列車は定刻通り出発。僕のチケットは4人部屋のコンパートメントのもので、同室はモンゴル人3人。一人は警察官で犯人を追ってカザフスタンまで来たというが(本当か? からかわれていたのかも)、他の2人との関係はよくわからない。

翌日の午後2時過ぎ、カザフスタン側の国境駅に到着。すぐにイミグレの係官がパスポートを集めるため乗り込んできた。こうしていったん集めて、事務所でチェックして後で返してくれるらしい。すると列車は今来た方向に戻ってとまった。

向かい側にはウルムチ発アルマトゥ行き列車が停まって台車の交換作業をしている。中国と旧ソ連では線路幅が違うのだ。クレーンのようなものでだったろうか(この辺まったく記憶がさだかではありません)、車両を持ち上げて作業をしている。そのうちこちらの車両も同じ作業をするのだろう。イミグレの係官の何となくものものしい雰囲気もあり、写真撮影は自粛した。

出国審査や台車の交換には相当時間がかかりそうなのでベッドに横になると寝てしまった。ふと目を覚ますと車両がミシミシと音をたてていた。車両の箱が下に降ろされていくところだった。すべての車両を切り離して、一両一両台車の付け替えを行い、最後に全部つなげて作業終了。そして、18時頃、駅の方へ動かされた。

ここで税関の係官が乗り込んで来て申告書を配布。それを書き終えるころ、また係官がやって来て、すべての乗客の荷物を丹念に調べた。僕の荷物もしつこく調べられた。使い残しのルーブルは国外持ち出し不可ということで没収。これで終わりかと思いきや、今度は麻薬犬が乗り込んできて、また丹念に調べる。その間、パスポートが返却され、21時30分、ようやく出発。

22時47分、今度は中国側の国境の駅に到着。こちらもすぐにイミグレの係官がパスポートを集めにやって来た。そしてその後税関の検査だ。中国側でも税関検査はかなり念入りに行われた。その後パスポートが返却され、中国入国完了。

同室のモンゴル人はウルムチへ行く前に寄るところがあるとかで、ここで下車。コンパートメントは僕一人となった。

8月23日。
北京時間の8時前、目を覚ます。中国の西のはずれのこのあたりは、まだ夜が明けたばかりだ。天山山脈だろうか、昇りかけた太陽に照らされた上の方だけが明るい。



乗車後2日目の朝の車窓からの眺め。雪をいただいた山々は天山山脈か?



14時5分ウルムチ到着。いろいろあったが、カザフスタン-中国陸路の旅は何とか完了。


          

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