プリエネ・ミレト(ミレトス)・ディディム
紀元前12世紀頃にドーリア人がギリシャに侵入、その影響でイオニア地方(アナトリア西部エーゲ海沿岸)に移住したギリシャ人の一部族(イオニア人)が、紀元前7~6世紀ころに建設した都市の遺跡のなかにプリエネ遺跡、ミレトス(ミレト)遺跡、ディディム遺跡などがある。これらには1994年3月に訪れた。

<プリエネ>
プリエネは元はエーゲ海に面する港湾都市だったが、土砂の堆積などにより、紀元前4世紀頃、内陸の丘の上に再建された。碁盤の目状に整備された街区が残っており、古代の都市計画の最古の例として知られる。



アテナ神殿。




アテナ神殿。




アテナ神殿の柱。




神殿のものだろうか、倒壊した柱の石材が転がっている。




街路の一つ。




劇場。近年撮影された写真を見ると、かなり修復が進んでいるようだ。




劇場の舞台側から客席を望む。




貴賓席。




貴賓席を斜め前から撮影。




劇場とは異なる直線型の座席が見える。




一つ上の写真に写っている座席はこんな感じだった。議場だそうだ。




プリエネ遺跡は小高い丘の上にある。写真に写っている通路を登って遺跡内に入ったのだったろうか?




プリエネ遺跡から望む田園風景。




<ミレト(ミレトス)>
ミレト(ミレトス)はエーゲ海に面する港町として栄えたが、現在は土砂の堆積によって沿岸から15mほど内陸に位置している。「万物の根源は水である」と言ったターレスの出身地としてや、アケメネス朝ペルシャの支配に対して紀元前490年代にイオニア地方のポリスが反乱を起こした際の中心的な存在であったことなどで有名。


ミレトス遺跡に入ると大きな劇場が目に入る。この劇場は紀元前4世紀創建、紀元前2世紀に大改築され現在残るような規模になったとか。古代、この劇場の真下に港があり「劇場の港」と呼ばれたが、上に書いた通り、現在海岸線は移動してしまい海に近い遺跡という感じはまったない。













小さい白い花が咲いていた。




野花が咲き乱れ”春爛漫”という感じだった。







アゴラか?




<ディディム>
この地にやって来たイオニア人はアポロン信仰に基づく神殿(アポロン神殿)を建設した。イオニアの反乱の際、ペルシャ軍によて破壊されたが、アレクサンドロス大王がこの地をペルシャから奪取し、その後、セレウコス朝期にアポロン神殿が再建された。この神殿は24km離れたミレトス”聖なる道〟でつながっており、大理石が敷かれたその道の一部が残っている(訪れた際にはそのことは知らず、見落とししまった)。ローマ時代にはギリシャのデルフィに次ぐ神託所として栄えたが、キリスト教が布教されるにつれ、だんだんとその役割も小さくなり、4世紀、キリスト教が国教とされると神殿の枠割の終わりを迎えた。

しかし、何も調べずに行ったものだから、色々と見落としてしまったようだ。



巨大な神殿だ。訪れたのが午後の遅めに時間帯で完全な逆光になってしまった。




一つ上の写真とは逆の方向から。
















ディディムの写真では必ずといってよいほど紹介されるメドゥーサの首のレリーフ。メドゥーサはギリシャ神話に出て来る魔女で、その目で正視されると人間は石になると恐れられたという存在。現在は遺跡の入口あたりに置かれているが、もともとはアポロン神殿に入って来る邪気払いのため神殿正面入口の梁に飾られていたとのこと。










アポロン神殿の前で見かけた亀。