ペルゲ
ペルゲ遺跡は、アンタルヤから17kmくらい東へ行ったところにあり、古代パンフィリアにおける最も重要な都市の一つだったところでヘレニズム・ローマ時代に栄えた。この遺跡には1992年3月、2004年8月の2度訪れている。一度目はアンタルヤからタクシーをチャーターして行ったが(ペルゲ・アスペンドス・スィデを巡るツアーが客が集まらず催行されなかったので)、あいにくの雨で次の機会をねらうこととなり、2004年8月に再訪した。2004年はアンタルヤからバスでアクスというところまで移動し、そこから2㎞の距離を歩いて往復した。



ローマの門。門の向こうに見える建造物はヘレニズムの門。近く見えるがそこそこ距離がある。(2004年8月)




ローマの門をくぐって振り返って1枚。(2004年8月)




ヘレニズムの門。(2004年8月)




ヘレニズムの門の内側。(1992年3月)




ヘレニズムの門からずっと進んでから門の方を眺める。中央の構造物は水路だとか。(2004年8月)




右の背の高い建造物はヘレニズムの門(のはず)。ヘレニズムの門を背にして背にしてアクロポリスの丘の方へ続く道は緩やかにカーブしているはずなので、ここに写っている道はその道だと思う。それにしても草ぼうぼうだ。(1992年3月)




ヘレニズムの門を背にしてさらに進む。(2004年8月) 
向こうの小高い場所はアクロポリスの丘。丘に登ると遺跡全体が見渡せるらしいのだが、どうやら登らなかったようだ。1992年、2004年の両方とも遺跡の詳細に関する情報が少なかったせいもあるが、1度目はガイドに案内されている少人数グループのあとをそれとなくついていったら(ガイドの説明に聞き耳をたてながら)、そのグループは丘までは行かなかった。2度目は酷暑のため歩く気がおきなかったか? ネット上にある2020年以降の写真を見ると、その後かなり復元が進んだようで、この写真の奥の方(アクロポリスの丘の近く)の様子がけっこう変わったみたいだ。




(1992年3月)




レリーフが施された柱(この手の柱は他の遺跡では見たことがない)。どのあたりで撮ったものだったろうか。(1992年3月)




(1992年3月)




(1992年3月)




浴場。(1992年3月)




浴場。床下に熱風を通して温めるという構造になっている。(1992年3月)





アゴラ。正方形の敷地の周囲には列柱が立っている。真ん中に円形の構造物があるが、これは神殿(?)(2004年8月)




列柱の左側がアゴラ。(2004年8月)




写真の右側の広場っぽいところはアゴラ(だと思う)。(2004年8月)




競技場(『地球の歩き方』」によると紀元前2世紀の建造)。(1992年3月)




競技場。その後の修復により随分きれいになったようだ。(2004年8月)




競技場の観覧席の裏手のアーチ構造。店として使用された(?)(2004年8月)




あちこちにころがる建物の一部。(1992年3月)




一つ上の写真を180度回転させてみた。




顔が面白かったので1枚。(1992年3月)




劇場(『地球の歩き方』によると3世紀建造とのことだが、正確な年代はわからないという説も)。(1992年3月)この時、客席はかなりボロボロで草ぼうぼう。その後修復が進んで綺麗になったようだ。




劇場を飾るレリーフ。前を行く少人数グループのガイドがとギリシャ神話が題材とか話していたので後から調べてみると、”酒の神”ディオニソスの人生を描いたものらしい。(1992年3月)




劇場。この時は修築中だったのか中に入ることが出来なかったので、外から花とともに若干の外観のみ撮影。(2004年8月)