チュニジア編終わりましたね。前半は自分の行ってないところでしたが、後半は行ったところばかりで思いだしながら見ました。チュニジア滞在の日数はオフさんと同じくらいですが、自分の場合はチュニスからドゥッガ、ブラレジアに行ったのと、シティブサイドとカルタゴ合わせて1日かけたあたりで、全体では同じくらいの日数になったようです。
鉄道ではなくルアージュにのっていらっしゃることとか、有名ホテルでもトイレ共同だとか時代を感じさせますね。自分が行ったのは2009年ですが、かなり楽に旅できたのですが、オフさんのときは大変そうです。あとバルドー博物館ですが、行った数年後(今から数年前)テロがあって、日本人が襲撃されたことをよく覚えています。今は博物館の印象もうすれてきていますが、テロのころは建物をまだよく覚えていてショックでしたね。
ルアージュは速いので、けっこう好んで利用してました。
ただ、ものすごくスピードを出すのでちょっと怖い面もあるのですが。
チュニスの共同トイレのホテルですが、古いホテルでどちらかといえば安宿の部類に入るホテルでした。
バルドー博物館での事件は自分もよく覚えています。
5度目のチュニジア訪問も考えていたのですが、アラブの春以降の不安定な状態が安定してきたなか、バルドー博物館での事件が起き、それでチュニジア行きは遠のいてしまいました。


昨年シチリアに行きました。アグリジェントは何も変わってないようです。保存されているから当然ですが。行ったコースも自分と同じで、街から歩いていき、写真はなかったですがたぶん博物館行って、野原の中歩いてコンコルディアに出て、いったんヘラに行ってから、あとは端から端まで行ってテラモーネで終わりですね。自分は出口を出たのが15時30分と記録しているので、かなり早く歩かれたのかな。
トラーパニも行ったことは行ったのですが、パレルモからエリチェ日帰りで、乗換え場所としてトラーパニに立ち寄っただけでした。
トンビさんも街から遺跡まで歩かれたのですね。
自分はこの時は博物館をパスしたと思います。
たぶん明るいうちにパレルモに移動したかったのだと思います。
実はアグリジェントには、その後再訪しました(旅行記はまだ作成していません)。
その時は博物館にも行ったと思います。
ちなみに再訪したときには遺跡のあちこちに98年にはなかった大きな彫刻が作られていました(とんびさんの旅行記の写真にもありますね)。
そのうち、その時の旅行記も作成したいと思ってます。


1995年にチュニジアにいらった記録、拝見しました。自分がいったのはかなりあとで2009年でした。ブラレジアも行きました。地下室には入りましたが、地下都市とは大袈裟ですね。このあとドゥッガに行きました。チュニスに連泊して日帰りでいろいろ行きましたが、砂漠方面までは行きませんでした。オフさんは軽いフットワークでいろいろ周遊されたのですね。スースは乗り換えをされただけのようですが、よかったですよ。ここも日帰りでした。カルタゴでは同じところに行ってますが、とくにカルタ―ジュ・ハンニバル駅の写真は、自分もとっていて似ているなぁと思いました。
とんびさんのホームページのチュニジア旅行記見ました(前にも見ていたと思います)。主要な所は押さえていらっしゃいますね。
95年は南部の砂漠方面が主要な目的地でした。
ブラ・レジアはその次くらいの目的地でしたが、『歩き方フロンティア』の記述にだまされたという感じでした(その後『歩き方』のチュニジア編が発行され、「地下住居」という記述になってました)。
実はチュニジアには4回行っていて、その後、スースも再訪しました。ただ、その時も中継点的感じになってしまい、きちんと見ていません。そのうちまた、と思っているうちに年月を経てしまいました。
4回のチュニジア旅行のうち2005年の旅は以前のホームページに旅行記を載せていたのですが、写真のサイズの変更など作り替えを考えて削除して以来、放ったらかしになっています。
しばらく海外へは行けない状況のなか、写真のスキャンなど過去の旅の振り返りを行っているので、チュニジアの旅行記も順次アップしていくつもりです。


1994年トルコ完結ですね。ドゥバヤズットのあと、カルスかワンかって思たっら、エルズルムにお戻りだったことや、カッパドキアからアンカラに行かずにシリフケ、アダナによってからアンカラだとか、行き当たりばったり感があって面白かったです。東はなかなか行きにくいのですが、トラブゾン、エルズルム、カッパドキアなどはまた行ってみたいですし、まだいったことがないアンカラも、早い時期にいってみたいです。
ドゥバヤズィットの後、さらに東トルコを回りたいところですが、本文にも書いた通り、当時、東トルコでクルド過激派のテロが続発しており、それでこの旅の大きな目的地であるイサク・パシャ・パレスを見られたので、すぐに東トルコを離れようとしたのだと思います(記憶は曖昧ですが)。
ちなみに、カルスは2012年に、ワンは2003年に訪れました。


94年のトルコリピートも開始ですね。スメラ僧院、見た覚えがあると思い、自分の旅行記を確かめると、同じところで撮影していました。
それとともに、もう1つ発見。メイダン公園でイワシのフライを食べたとあり、写真を見ると、イワシはアンチョビーで、たくさん皿に盛っていました。確か、ハムシタバをトラブゾンあたりでも食べられるとおっしゃていたように思いますが、自分も食べていたことがわかりました。
とんびさんの、旅行記拝見しました(おそらくアップされた当初にも見ているはずですが)。
スメラ僧院、下から見ることができたのですね。
それから、実はハムスィを随分前にすでに食べていたのですね。
トラブゾンには、今度はジョージアから陸路国境越えで行きたいと思っていましたが、いったいいつになるのか? という感じになってしまいました。


94年の旅行記完成、ご苦労様でした。思いだしながらで大変だったと思います。
3遺跡巡り、どう回られると思っていたら、プリエネからはタクシーに便乗ということになったのですね。なるほど、そういう手があったのですね。
サルデスは知りませんでしたが、行きたくなりました。昨年、イズミル→ベルガマ→トロイは検討しましたが、結局、フェティエに行ったので、イズミル方面は行きませんでした。
またトルコに行こうかな。
まだまだ旅行記を作成していない旅があるので、その旅の振り返りを楽しみつつ旅行記を作成していきたいと思います。
ところで、ベルガマはとても気に入っているところです。今の感染症が終息したら、是非。
そのうちベルガマを含む旅行記も作成する予定です。


新掲示板で初めてのコメントですね。
当方、アレッピー到着までアップして、次回から2回、アレッピーとバックウォーターです。
アテネからコスに行ってボドルムに渡られたのですね。コスもなかなかよさそうだと思いました。ボドルムから日帰りじゃなく1泊したほうがよさそうに思いました。船がなくて何泊するのも嫌ですが。
トルコの近くにあるギリシャ領の島では、ロードスに行けないか、昨年検討したのですが、無理でした。コスは全然考えませんでした。次回このあたり行くなら、ロードスとコスの両方行くのも面白いかなと思いました。
コメントありがとうございます。
コス島とボドルムの間の船は夏期だと頻繁に運行しているのではと思いますが、自分が行ったのは3月で、まだシーズンオフだったので運行頻度が低かったのだと思います(それから25年以上も前ですし)。
夏場だと毎日のように船が運航していると思うので、それなりの旅行期間が確保できれば、一度に両方の島に行けるかもしれませんね。
アレッピーとバックウォーターですが、現在、どんな感じになっているか興味があります。後でトンビさんのブログを見に行きますね。


古い掲示板が無料バージョンだとSSLに対応していないので(ちゃんと動かないので)、掲示板の廃止も考えましたが、役に立つこともあると思い新しいものを設置してみました。