エリチェは行けなかったのですね。いいところなので機会があれば行ってください。自分は早朝にパレルモを出て日帰りで行きました。トラーパニからエリーチェバスが少ないので、その関係でパレルモは真っ暗なうちに出発しました。エリーチェは歩きまわり、帰路はトラーパニにも立寄り、パレルモに戻ると真っ暗でした。
チェファルーは30分で海岸までよく行けましたね。海岸の先端まで行きました。自分のときは、途中に立寄りもしながらだったこともありますが、海岸まで行くだけでも30分くらいかかったような印象があります。でもパレルモ周辺では楽しい街でした。丘に上ったり、砦にいったりして、ここも夕方までいました。
パレルモ周辺で計画段階で日程が不足してあきらめたのがセリヌンテとあと1ヶ所、名前が思い出せませんが別のギリシャ遺跡で、機会があれば行きたいです。シチリアはまた行きたいですが、イタリア本土の南部も行きたいので、イタリアに行く回数にもよりますが無理かもしれません。(オフさんは欧州は南限定でいらっしゃってますが、自分は北も行くので)
エリーチェ、いつか行きたいとは思っていますが、自分は今回のパンデミックについては悲観的でして、半ば諦めています。ウイルスは今後も変異を繰り返すでしょうし、それは免疫回避の性質を持つものになるのは間違いありません。また、世の中にはウイルスは弱毒化の方向へ変異するものだという考え方もあるようですが、ウイルスにとっては、宿主がどんどん死ぬという状況にならなければよいだけで、あとはウイルスにとって都合の良い性質を持った遺伝子が残っていくのであって、人間にとって都合の良い方向に行くとは限らないという考え方が妥当ではないかと感じています。
たとえ流行が下火になっても、欧州など海外では感染拡大防止の意識は残念ながら低いようですし、運悪く罹患・発症してしまったら、帰国便に搭乗できないでしょうし、海外旅行のリスクはかなり高いものと思います。遠くない将来にWHOが終息宣言を出せるような状況になればなあ、とは思いますが。。。
チェファルーは海岸に行くことだけが目的だったのですが、すぐのパレルモ行きに乗れそうということで、かなり急ぎました。街から駅へは坂道を登らなければならないので、かなりキツかったという記憶があります。
セリヌンテ以外のギリシャ遺跡は、セジェスタですかね。両方行ったので、そのうち旅行記をアップしようと思ってます。


コロナについてはかなり悲観的にみていらっしゃいますね。たまたまですが、2,3日前のブログで自分のコロナ観についてもふれているので、ご覧いただければと思います。海外での入国が自由になり、日本の隔離がなくなれば、すぐにでも海外渡航考えている人も多き感じるのでその警鐘を書きました。
旅行記の作成は相当先になる予定なので気長にお待ちください。


シチリアは3年前に行ったのでまだ記憶がしっかりしています。4回もいらっしゃたのはびっくりです。確かに以前にも旅行記見た覚えがあります。
パレルモは長い名前の村に行くために立寄っられただけで、写真は少なかったですが、懐かしかったです。自分はパレルモ滞在中に日帰りでチェファルー行きましたが、こちらもよかったですし、機会があればどうぞ。
アグリジェントですが、顔のオブジェはすでになかったのですが、コンコルディア神殿の前に何やらよくわからん彫刻が出現していました。
一番最後の写真の大聖堂ですが、アグリジェント滞在日が復活祭の前々日で、ここであったミサとその後のパレードを見ることができました。全く知らずに行って、たまたま泊まった1泊がその日にあたっていたのでラッキーでした。
シチリアは4度も行っていますが、その時々の関心にしたがってポツンポツンという感じで回っているので、虫食いのような状態です。そんなわけで、けっこう有名なところで行っていないところがあります。チェファルーは2度行ったと思います。いいところですよね。城塞(?)の上から見下ろした街の景色と海の青さが印象に残っています(そのうち旅行記をアップしようと思います=昔のページのリニューアルですが)。今更新中の旅行でもチェファルーに行っているのですが、この時はちょっと時間つぶしにという感じでした。
とんびさんのアグリジェントに行かれた時の旅行記、拝見しました。
画像検索で出てきた像はとんびさんの旅行記の写真と同じものでした。僕が行った時にあったのかどうかは不明です。


KLへの列車はまだ客車でしたか。2001年に乗ったときはこの車両でしたが、2018年に乗ったときは電化されていて電車特急でした。オフさんは2015年なので、3年の間に変わったのですね。それと、自分の場合はKlから電車で行って、帰りはペナンからKL経由で帰国しました。自分も最終日前日は空港のある街で泊まりますが、空路乗り継ぎの場合は違っていて、ペナンで泊まり、夕方便でKLに向かいました。
ペトロナスツインタワーですが、自分はできて間もない2001年に行きました。このときは無料だったのですが、入場整理券をもらう必要があって、もらったのが2時間ほど先だったので、時間つぶししました。
ペナンからクアラルンプールへの移動は、車窓の眺めにも興味があって鉄道を選択しました。結構単調な感じで期待通りではなかったですが。僕に乗った車両は客車だったのですね。区別がついていませんでした。
ペトロナスツインタワーが無料だった時代もあったとは。無料にしたら、観光客が殺到して捌ききれなくなる感じもしますが、2時間待ち程度で済んだのですね。


ペナンの一番最後の「どこだ?」ですが、見覚えがある感じがしました。たぶん自分も写真撮ってるはずだと思っ旅行記調べたらありました。宝福社というところで、門から入ると広場あって、その奥にありました。自分の行ったのは2018です。
https://tombi00.sakura.ne.jp/malay2/malaysia08.htm
確かに宝福社ですね。
何かダラーっと観光していたので、訪れた一箇所一箇所をあまり意識していませんでした。
同姓の家のジェッティに行かれたのですね。
街並みとかを見るのを重視して歩いたので、ちゃんと予習しておけば行っていたのにと、若干後悔しています。


昨年11月に外海の大野教会、出津教会行きました。まだはっきり覚えていますが、瓦の十字架までは気づきませんでした。潜伏キリシタンの世界遺産は12ヶ所から構成されてますが、このあと五島や平戸(1ヶ所は入島禁止あんなので見ただけ)の構成遺産を回り、12月には島原天草も回り、12ヶ所全部に行きました。
自分が行った時は、まだそのような観光ルールが決められる前だったのか、教会の扉は開かれており、中に入ることができました(記憶が定かではないのですが、礼拝堂の入口のところまでだったような)。中に入ってすぐのところに、パンフレットとか記念品(絵葉書だったかカードだったか?)が置かれていて、パンフレットは当たり前ですが持ち帰ることができ、記念品は横に置いてある箱にお金を入れて購入するという形になっていました。
出津教会も予約なしで見られました。


体調崩されて大変でしたね。いたんだ食べ物や細菌でまみれたものなど食べなくても、水や油が普段とは違っているだけで下痢を起こしますね。自分の場合は、2000~05年ごろ、メキシコやミャンマーで経験しました。
その後、水や怪しい食べ物には気をつけて腹痛はおこってないんですが、昨年2月のインドで熱中症にやられました。下痢とすりなどには気をつけていたんですが、熱中食対策まではできませんでした。夜行寝台バスでついて、荷物あづけて、すぐに炎天下の遺跡巡りしたのが原因でした。
一昨年、トルコにいったとき、海峡の中の島へ行く船に乗ろうかと思いましたが、乗ればほかのところへは行けなくなるのでやめました。乗った場合はやはり一番遠くの島まで行くつもりでした。大橋の下の宮殿行きましたが、撮影禁止でした。
あのときハムシをおすすめになったんで、アジア側の港のそばで食べたことを思い出しましたが。オフさんはこのときはハムシは食べなかったようですね。サバサンドとあわせてまた食べに行きたいです。
たぶん、疲れていて抵抗力が低下しているなか、何か悪いものを食べたため食中毒になったのだと思われます。
食中毒症状がなくなった後は、体がだるくて観光意欲が湧かず、ただ何となく時間をつぶしたという感じです。
ビュユック島も、体力を消耗せずに時間つぶしができるという理由で行ったように思います。
ハムシは、シーズンではないので(寒い時期が旬の魚)あまり提供されていなかったのか、単に別の物をと思ったのかは、昔のことなので忘れてしまいました。


ネムルート、自分はマラテヤからの朝、夕両方をみるツアーで行きました。写真拝見して、行ったときのこと思い出しました。
とんびさんのhpの旅行記、見直してみましたが、2003年にネムルートにいらしたのですね。夏でも夜明けは寒いのですね。


イランはビザのために送迎頼まれましたが、夜中の到着なので、その点では頼んでよかったですね。インドなどでは夜中に到着して声をかけられてだまされる話とかよく聞きますし。知らないところでの夜中到着だったことを考えると送迎はよかったと思います。
自力で行けそうなところのガイド付き車を押し売りみたいにして取らされてしまう経験自分もあります。自力よりも楽なうえ短時間で行けるし、その程度の額なら頼もうかってなるんですよね。スリランカのことでした。しかも、自力で行くよりも印象がうすくなるのも同感。
つい先日、利尻礼文行ってきました。徒歩と数少ない路線バスで回ったのですが印象良く残りました。14年前には観光バスで雨の中回ったのですが、全然印象が残らなかったのと対照的でした。サロベツも長距離歩きましたが、バスで来て原生花園だけみてたんじゃ何の印象も残らなかっただろうなと感じているところでした。(海外行けない今は、国内で時間がかりそうで、避けてしまいがちな離島などを回っています。)
96年は、ガイドブックというものがない状態で出かけました(正確にいうと、団体ツアーきゃく向けの主要観光地の簡単な説明があるだけのもので、行き方などの記述のない薄っぺらい物は持っていましたが)。
イランは、ペルセポリスとイスファハンのイマームの広場だけでも見られればいいかなと思っていましたが、ガイドをつけた結果、短い日程でかなり効率的に回ることはできました。
ちなみにツアーという形にはなりましたが、ガイドというか旅の世話人みたいな人が、移動のたびにチケット確保、タクシーをひろって運賃交渉、ホテルも行った先でさがすという、およそツアーとはよべない、かなり変わった旅でした。
ところで、とんびさんの北海道旅行、ブログで拝見しました。自分は札幌生まれ札幌育ちではあるものの、利尻礼文などの島は未到です。礼文から利尻富士を眺めたいとはずっと思っているのですが。


終了ごくろうさまでした。今回はツアー添乗員?としてイスタンの有名観光地を回るって感じで、いつものオフさんの遺跡巡りとはちょっと違っているなと思いました。ほとんどのところは、一昨年行ったところなので、思い出しながら拝見しました。
未訪問遺跡っていあったので、どこかなと思っていたら、最初にいらっしゃたパタラなどのことだったのですね。パタラでお泊りだったので、余裕があったよいうに思いました。自分はフェティエで泊まって日帰りでしたので、予想外に最後のパタラが大きく、海岸までは行けませんでした。
今回の旅行記の表題、何にしようかと迷いつつ未訪問の遺跡をメインとするものにしました。
しかし、イスタンブールでのツアコンの真似事が当初の予定より長くなり、表題とあわなくなってしまいました。
パタラは広いですね。海岸を優先したので遺跡はほとんど見られませんでした。


トルコ編はじまりましたね。2013というオフさんにしては少し遅めの印象でした。JALのパリ行き深夜便、2、3回乗りましたが、廃止されましたね。
3ヶ所とも一昨年行ったばかりなので、よく覚えています。ほとんどの写真は見覚えがあります。レトゥーンの大劇場の中の池は、水がなくなっていますたが、泥地だったので歩けませんでした。
自分の場合はアンタルヤからフェティエに入り、翌日丸1日かけて3ヶ所回りました。レトゥーンは入口から30分ほど歩いたし、クサントスも下の村から30分ほど坂道歩いたし、よく歩いたと思います。
とんびさんの旅行記、ブログで拝見していました。
クサントスのあたりは交通が不便なので、公共の交通機関だけで1日で回ろうとすると、かなり無理をしなければなりませんね。
トンビさんが訪れた時、レトゥーン遺跡の劇場には水がたまっていなかったのですね。
自分が行ったのは春の初めというか冬の終わりという時期で、雨の多い時期だったため、水が残っていたのかもしれません。行った当日は好天に恵まれましたが。

