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検査で異常が出ないので見過ごされがちな新型コロナ長期障害(後遺症)

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体調に色々と不調があって検査しても異常が出てこないという特徴を新型コロナの長期障害(後遺症)は持っているといわれる。検査では問題がないので、新型コロナ長期障害に詳しくない医師にかかってしまうと「精神的な問題」とされてしまう場合もあるやに聞く。

次のリンクは、このことに関連した論文をわかりやすく解説したブログの記事。

https://angama.bearblog.dev/3-new/

ブログ主はルーマニア在住の研究者(日本人)で同国のコロナ対策に対するアドバイスなども行っているらしく、最近の関心の中心はミトコンドリアの働きらしい。ブログやXなどはハンドルネームで運営されているのだが、同氏が紹介してくれる、科学誌・医学誌などに掲載された論文がとても有用で、それら論文の存在を知るということが重要なので、同氏個人については詳しく調べたことはない。

5~6年たって、あの時のあれはそういうことだったのかと思うこともあるかもしれないので(個人的には新型コロナの悪影響はジワジワと広がっていく可能性があると思っているので)、こういう研究もあるということを備忘録的意味合いで記しておこうと思う。その時までリンク先の記事が残っていてくれるとありがたいのだが。

能登半島地震と「建てられなかった原発」

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2月22日(日)の北海道新聞の読書ナビというコーナーに掲載された『原発をとめた人びと 奥能登・珠洲 震源地からの伝言』(七沢潔著)の書評(高橋真樹)を読んで初めて知ったことがある。

2024年元旦に起きた能登半島地震の際、珠洲(すず)原発がつくられていなくてよかったという内容の報道を目にした。正直いって珠洲原発についてはほとんど何もしらなかったが、その書評には次のような文があった。「その震源に近い石川県珠洲市に原発があったら、どうなっていただろうか。震度6強の激しい揺れとともに起きた海岸の隆起により、施設は大きく損傷、土砂崩れで住民が避難できないまま放射線に被ばくしていた。条件によっては、中京や関西方面にも汚染が広がる大規模災害になっていてもおかしくはなかった。本書が描くのは、その破局を断ち切った住民たちの軌跡である。」

珠洲原発は住民たちの粘り強い反対運動により建設が中止された。

上の記事で自分が初めて知ったというか意識した内容は「海岸の隆起」。耐震とか津波対策とかをほどこしてあったとしても、大規模な地殻変動が起きてしまったらアウトであり、その地殻変動が原発建設が計画されていた場所で起きたというのだ。

日本で大規模な地殻変動が起こる可能性がない場所などあるのだろうか? 

ところで、先ごろ、北海道知事が北海道電力泊原発の再稼働について同意を表明した。本当に大丈夫か? 地殻変動とかの恐れはないのか? 住民の避難は可能なのか?(泊原発の位置する場所の自然環境を知っていれば道路がやられたら避難不可能ということはすぐにわかる)

北電(北海道電力)は泊原発の再稼働の道民の支持を得ようということなのだろう、原発の再稼働により電気料金を引き下げると盛んに宣伝していた。しかし、いつの記事だったかメモをしていないので記憶をもとに書くが、北海道新聞のある日の記事によると、北電には泊原発を再稼働しても電気料金を引き下げる余裕がほとんどないとあった。どうやってその資金を捻出するのか?

去年あたりから3回(だったか)北電から送られてきた郵便物のことを思い出し、そういうことだったのかと思った。

その郵便物は「家の電気設備が故障した際には意外と工事費がかさむ場合がある→月○○円(年××円)を支払ってもらえると、工事が必要になった場合、無料で工事を行います(ある金額を超えると負担が必要というものだったか?)」とかいう内容だった。要するに電気設備故障時保険のようなものの勧誘である。これを実際に運営するのは別会社らしいが、北電は保険の代理店のようなことをしてまで収入を増やそうとしている(→原発再稼働と引き換えに約束している電気料金の引き下げの原資を得ようとしている?)感じ。

実家は築50年を超えており、20年近く前に大規模リフォームを行っているが、その間、電気設備を修理する必要に迫られたことは皆無。したがって、上記の電気設備故障時保険みたいなものは不要。もし故障したならば、その際に実費を払って修理すれば済む話である。たぶん、それが普通の感覚だと思う。にもかかわらず、北電は"重要なお知らせ"という体で、上記のような案内を高くなった郵便料金をかけてまで複数回送ってきた。いったいどれくらいの数の家がこの"保険"に加入したのか興味のあるところだ。

さて、上記書評は次のように結ばれていた。「福島第1原発事故の記憶が忘却され、原発新設さえ現実味を帯びる日本社会で「建てられなかった原発」の歴史が、私たちに重たい問いと突きつけている。」

米軍パイロットの健康異常報告がパンデミック下で1,700%増加→国防総省はCOVID-19感染によるものと説明

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去年みつけた"military.com"というwebサイトの記事で(もとは2023年2月の記事だが)、リンクのメモがどこかに紛れ込んでわからなくなっていたものが出てきたので、再びわからなくなってしまわないように記録しておくことにする。

米軍においてパイロットの飛行任務に支障をきたす可能性がある健康問題の報告が、2016年~2019年の年間平均が226件であったものが、2022年には4059件あり、1700%も増加している。

国防総省はこの急増はCOVID-19感染によるものだと説明している。

https://www.military.com/daily-news/2023/02/09/military-pilots-reported-1700-more-medical-incidents-during-pandemic-pentagon-says-they-just-had.html

これは米軍パイロットの健康状態に関する報告だが、新型コロナの感染対策がほぼ放棄されてしまった現在、まずい状態が静かに広がっていると考えておいた方がよいかも。

インフルエンザでは大騒ぎするのに、新型コロナは最早終わったものの如くされている不思議

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現在、インフルエンザのB型が猛威をふるっているらしく、テレビなどでも盛んに注意を呼び掛けている。

しかし、インフルエンザが流行すると大騒ぎするのに、新型コロナについては、まるで禁句であるかのようにほとんど触れらることがない。

5日にアップされた『時事メディカル』に、東京都内のクリニックの院長でテレビなどでもしばしばみかける伊藤博道氏の談話をもとにした記事『新型コロナ、後断たぬ後遺症~「普通の風邪とは思えない」』が掲載されたが、そのなかに次のような記述がある。

「(新型コロナの)死者数が高止まりしていることも忘れてはいけない。厚生労働省の人口動態統計によると、2024年の死者数はインフルエンザ約2900人に対し、コロナは12倍高い約3万6000人だった。多くは65歳以上の高齢者だ。伊藤氏は「死者がこれだけいるのに、多くの人がインフルエンザだけを警戒するのはなぜなのか」と疑問を投げ掛ける。」

まったくその通りだと思う。

伊藤医師の言うことには基本賛同できるのだが、1つとても残念な点がある。予防の重要性を説いてはいるものの、マスクについては「感染リスクが高いときのみに着用すれば十分」としている点だ。

「感染リスクが高いとき」がどのような状況をさしているのかは不明だが、「マスクの着用」を積極的に薦めていないところが、かなり残念な点だ。伊藤医師の談話のままなのか、記者が文章にまとめる際にこうなったのか?

新型コロナについても、インフルエンザについてもマスクの着用がその感染拡大抑止に効果的であることは明らかであるのに、どうも「新型コロナ」の言葉と同様、「マスク」の着用を勧めることは憚られる空気のようなものがあると感じでいる。

北海道の情報番組でインフルエンザの流行期によくインタビューされる医師がいて、映像のなかでは対策として「マスクの着用」にも触れていたのに、アナウンサーが読む原稿が「うがい、手洗い」だけになってしまうこともある。

上記の記事はそれと同じような感じなのだろうか?

しかし、もし、新型コロナの後遺症の恐れを説いておきながら、マスク着用のことを本気で重視していないならば、ちょっと医師としては信用できない。(ということでマスク着用を求めなくなった病院・クリニックは信用できないので基本かからないようにしている)

新型コロナにせよ、インフルエンザにせよ、飛沫や空気中に漂うウイルス(空気中に粒子にくっついて漂っている)により感染が拡大する。マスクは静電気を帯びており、そこにウイルスが吸着されてウイルスの広がりを防ぐ。ウイルスを吸い込まなければよいのだから、こうして物理的に感染者によるウイルスの空気中への拡散と、非感染者の体内への侵入を止めてしまうのはとても有効な手段のはずである。

多くの医師はそれがわかっているので、来院者にマスクの着用を求めているのだが、それを求めない医師は科学的ではないと思う(もしかするとマスクを忌避する世の中のムード、空気を感じとってのことかもしれないが)。

話は変わるが、医師は必ずしも科学的ではないと感じることを経験している。

以前、原因不明のめまいに悩まされたときのことである。

街のクリニックの紹介でかかった東京の某病院の医師に素朴な質問として「何かほかに原因は考えられませんか」と尋ねたところ、突然、えらく機嫌を損ねてしまった。そのとき、その医師がなぜそういう態度をとったのか、まったく理解できなかったが、さっぱり体調が改善されないので、わらにもすがる思いで札幌の七戸さんという内科医の診察をうけて、なるほどと思った。

七戸先生(すでに亡くなられてしまった)は、体内に遺伝子の形で潜んでいた水ぼうそうウイルスが免疫の低下など何かの原因で再活性化した際に平衡感覚をつかさどる三半規管などで悪さをしてめまい症状が引き起こされるのではと考え、試しに患者に抗ウイルス薬を投与してみたところ、かなりの確率で症状が改善されたことを学会などで報告した。しかし、耳鼻科学会からはまったく相手にされなかった(というか批判されていたんだったか? 先生は「私の治療方法でめまいがなおっちゃうと耳鼻科学会としては困っちゃうんだろうねえ」という感じのことも話されていた)。しかし、実際には抗ウイルス薬は効き、その評判は海外にも広がっていた。もし、日本の耳鼻科学会が"科学"を重視するならば、何等かの形で研究にのりだしてよいはずだが(その後、年月を経てめまいの原因としてウイルスも考えられるという説がある程度認められるようになった感じだが-この辺、最近の状況を詳しく調べていないので断言できません)。

七戸先生の診察をうけ、東京の某病院で耳鼻科医が突然機嫌を損ねたのはそういうことだったのかと合点した。つまり、めまいの専門でもない内科医が抗ウイルス薬を使ってめまい治療をおこない、しまも成果をあげていることを快く思っておらず、それで「何かほかの原因」を訪ねた際、ウイルスのことを言っているのか?と勝手に解釈して機嫌を損ねたのだろうと思ったのだ。

七戸先生のところに来ていた他の患者さんからだったと思うが、こういうことも聞いた。耳鼻科で長く治療を受けてもさっぱりよくならないので、しまいに医師は「精神的なもの」と言い出したと。原因がわからないと神経の問題、精神的な問題としてしまう医師がいるのだということを、この時初めて知った。ただ、病気によっては、神経、精神に問題があるということがまったくないわけではなく、安定剤の使用によって症状が改善されることもあるようなので、精神を疑った医師を一方的に攻めることはできないが。

男女共学の開始~対面式の異常な興奮~(母の遺品のなかにあった同窓会で配布された印刷物)

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母は何でも保存しておく人で、その中に高校の同窓会の際に作られた印刷物があった。

その中に男女共学が開始された際のことを当時の教員が回顧して記した文章があり、とても興味深いものだったので記しておくことにした。

「男女共学の開始~対面式の異常な興奮~
 当時、○○には○○高等学校のほかに○○女子高等学校があった。...昭和二十五年四月七日は男女高等学校が一つに統合され、対面式を行った日である。場所は現在の古びた体育館。生徒はどんな気持ちだったのだろうか。画期的な新しいスタートなのである。
 まず男子生徒が講壇に向かって山手側半分に位置を占めた。それから女子生徒が恐る恐るという様子で入場して来た。男子の此処彼処から拍手やら、獣の吠え声とも思われる歓迎の叫び声が起こった。女子は一層縮み上がったようにみえた。これから男子と女子が向かい合って挨拶を交わすのである。指揮をしたのは○□先生。向かい合うための号令は「右左向け、おい」である。やがて先生の力強い号令はかけられた。そしてお互い向かいあった。その時、隊列はぐらぐらと崩れてしまった。女子はその場から動かなかったけれど、男子はずるずると後ずさりしてしまった。ほんとに後ずさりしたのは女子ではなく男子生徒であった。先ほど獣のような吠え声をあげた男子の姿であった。
 あの時の光景を僕は忘れることができない。教室でも男子が女子に乱暴を働くということはなかった。女子は悠々とし、伸び伸びと暮らしており、むしろ時には元気のいい男子にも指令しているものもいた。このようにして共学は出発したのである。」

※1947年3月、6・3・3・4制の新学制を定めた学校教育法が制定され、旧制度による中学校と高等女学校は1948年から高等学校と女子高等学校に移行(母が住んでいた北海道の地方都市ではそうだが、全国が皆同じスケジュールだったのかは調べていないのでわからない)。そして1950年に高等学校(男子高)と女子高等学校が合併した(全国で同じスケジュールで実施されたのかは調べていないのでわからない。また、共学が実施されず男子高、女子高が続いた場所もある)。

一般国民の生活を改善できない政権がずっと選ばれ続けているのはどうしてなのだろうか?

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  • 政治

この30年あまりの間、先進諸国のなかで国民所得が伸びない国はほぼ日本だけという状況が続いているのにもかかわらず、政権がほぼ変わらない(ほんの少しの間を除いて)、つまり選挙で国民が自民党を中心とする政権を選択し続けるのは不思議なことだと思う。


まあ、生活がよくならなくなって10年くらいまでならば、政権が変わるほどまでに国民の意識がどっと変わることがないのは理解できる(ちょっと生活苦を耐えすぎと思うが)。しかし、2000年代以降、経済成長はしない、所得が増えないどころか減少する人が増えて格差が拡大していき、客観的に見て何とかしなけらばならない状態だったのにもかかわらず、ほんの一時民主党が政権をとった以外、国民はやはり自民党中心の政権を選び続けた。なぜだ? 詳しい人教えてくださいという感じ。たぶん政治学者や社会学者の研究を探せば、そうした視点の研究はあるのだろうが(なかったら研究者は何をしてる?!、という感じ)、ちょっと個人的に考えてみた。もちろん全然実証的ではなく単なる印象だが、いつか上記のような視点の論考とかを読んだ時に、あの時思ったことは、あの点は当たっていて、この点はまったく的外れでとか考える材料とすべく書き記しておきたいと思う。

で、今思っていることは2点。
一つは所得の再分配のこと。
中学校の公民だったか、高校の政治経済だったか忘れたが、税には所得の再分配機能があると学んだ。資本主義経済のもとでは、所得の格差が生まれることは不可避なのはいうまでもない。しかし、所得の多い人からより多くの税を徴収し、少ない人からは少なく徴収。そうして集めたお金をいかに使用すれば最大多数が幸福になることができるか政治が考え決めて行政が使う。現状、経済的格差が広がり生活が苦しい人々がどんどん増大しており、そういう階層の助けになるよう予算を配分する(社会保障費とか教育費とか)、つまり所得の再分配を強化しなければならない状態だと思う(富裕層にも平等に予算を配分→例えば給食費を皆無料にする→低所得層ほど助かる)。所得の再分配の強化のためには所得税など直接税の累進課税の強化が必要なはずだが、所得税の累進課税の強化、法人課税の強化を主張する政党はごくわずか。所得の再分配強化を必要としている人がとても多いのになぜそうなのか。その答えのヒントとなるようなものを、先週、「報道特集」で目にした。夕食の支度中でじっくり見ることができなかったのだが、ある研究者(チラッと見ただけなので名前までは覚えていません)が「所得の再分配を必要とするような層が選挙にいかない」「諦めがある」というようなことを言っていたか? 逆に「格差を是認する層のほうが選挙に行く」とも。所得の再分配を強化するような政策を唱えても票にならないのだろうか? そういえば2000年代に入って投票率がどんどん下がっているようだが、所得の再分配を必要とする層の増大と軌を一にしているのだろうか? 

もう一つは中国や韓国を嫌う人々の存在(特に中国)。非自民政権が実現して日中友好関係が発展するのは許せないという人々が一定数いて、そうした人々は何としても選挙に行くので、投票率が下がるなか自民党政権を安定的に存続させた面があるように思う。そして首相の台湾有事に関する発言で日中関係が悪化するなか対中強硬姿勢を評価する人が多く存在することが顕在化したことに驚きを隠せない。日本人の中にある嫌中観(感?)は何なのか? 日本がどんどん勢いを失っている一方、中国は国力を伸張させブイブイいわせていて何なんだという、ある種の嫉妬のようなものがあるのか? そうした一部の国民の心持ちが今回の選挙に影響を与えるのだろうか? 冷静に考えれば彼我の国力の差は明らかで、うまく付き合っていくしかないのはわかるはずなのだが。


ところで、話は変わるが、中世までは中国を文化的先進地として憧れや尊敬の念を持ってみていたのにもかかわらず、明治以降、日本が中国に対して優越するというか、もっというと中国を蔑視する感覚が広まっていった契機が何なのか気になって、随分前に調べたことがある。色々な説があるのだと思うが、一つの要因は豊臣秀吉の朝鮮出兵らしい。秀吉は日本中心の東アジア国際秩序の構築をめざし明国の征服を企図し、その先導を朝鮮に要求して断られたので出兵に及んだのだが、これが中国蔑視感(とてもいうのであろうか)への転換の契機(の一つ)であるらしい(参考にした論文名は忘れたが、図書館に行けばそれが所収された書籍は見つけられると思うので機会があったら再読してみたい)。秀吉の朝鮮出兵以来醸成された中国蔑視観は明治期以降の日本の中国進出に影響を与えていると思うし(経済的面に加えて日本がアジアの盟主であるべきという感覚)、そうした戦前の日本のあり方に郷愁をいだく層も存在していて、現在の嫌中勢力の一部をなしているのではないか(少数派だと思うが政治・思想をリードする層にはそのような感覚を持つものがいるという印象-あくまで印象-である)。

真冬の新千歳空港の風景

2月3日、いくつかの所用をこなすため北海道と東京を日帰り往復してきた。

この日でなければならないという所用ではないので、悪天候などのため行けなくても仕方がないと思っていたが、あまり長期間ほったらかしにしておくと東京の家の郵便受けがポスティングのためえらいことになるし、冬季はその心配は少ないものの排水管のたまり水の蒸発によって下水管からの悪臭が部屋に流れてしまう恐れもある。ということで、この週のどこかで上京しようと考え、荒天の日を避けるため、株主割引券を利用して複数の日程で航空券を購入した。天候のせいでスムーズに移動できない可能性がある場合、その日程の航空券は3月以降の適当な日に変更するつもりで。

冬季にはよくこの作戦をとり、結果的に予定変更をする必要がなかった、ということがしばしばなのだが、今回は天候の悪い日が続き、特に札幌圏の大雪の影響で空港とのアクセスがかなり悪くなったのでとても有効だった。

JRは除雪作業のためか、この日も間引き運転を実施していたが、大きな混乱もなく空港に到着。

天気の良い日を選んで出かけたので良い景色も見られた。

202602新千歳空港01

上の写真は朝7時すぎの新千歳空港。こんな朝日を見ることができた。

202602新千歳空港02

上の写真は離陸直前に撮ったもの。冬季は北向きに離陸することが多いのだけれど、この日は微風ではあるが南風なので空港ビルや樽前山を見ながらの離陸となった。

202602新千歳空港離陸直後

上の写真は離陸直後に撮ったもの。

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