<目次>
・オストゥーニ(このページ)
・バーリ
・チステルニーノ
・少しだけローマ


   オストゥーニ

オストゥーニ。2016年現在、『地球の歩き方』にも掲載されていない(はず)街であり、余程のイタリア通でなければ、日本人でこの街のことを知っている人は少ないのではないか? イタリアはそこそこ好きだけれど、イタリア通でも何でもない僕は、もちろん知らなかった。

この街を知ったのは、具体的には忘れてしまったがテレビ番組だった。何かの旅関連番組で大々的に取り上げられたのか、その中の一部で紹介されていたのかも忘れてしまった。それなのに何故覚えていたのかというと、街の名前だけだがメモを取っていたからである。

近年は超メジャーな観光地をめぐる旅に飽きが来ており、ちょっとでも面白そう、よさそうという情報に接すると地名だけでもメモをとるようにしており、オストゥーニもなかなかよさそうということでメモをとっていたのだ。

オストゥーニはイタリアの「ブーツのかかと」あたりに位置する。このあたりには、円錐形のかわいらしい屋根を持つトゥルッリという建築が密集することで有名なアルベロベッロや、斜面の岩盤に横穴を掘ってつくった住居サッシで有名なマテーラといったメジャーな観光地があるので、両方とも訪問済みではあるが、時間があればちょっと立ち寄りたい。ということで、計画を練り始めたが、調べているうちに近くにチステルニーノという、ちょっと面白そうな街があることもわかった。ただ、今回はあまり旅行日数がとれないないので、ほぼオストゥーニとチステルニーノに絞ることに決定。


JALに囲い込まれているので(笑)、日本からイタリアへ直行することはできず。羽田-ロンドン-ローマと移動しておしまい。翌日は午前中の便でバーリへ飛ぶことになっているので、この日は空港に隣接するヒルトンホテル泊。

ホテル予約サイトと見ると、空港との往復の便がよいテルミニ駅周辺のホテルは1万円前後以上のホテルしかあいておらず、泊るだけ、空港-テルミニ間の交通費(鉄道だと往復でこの時のレートで3700~3800円、さらにローマ到着が22時ころなので、おそらくホテルに入れるのは24時前後で、翌朝もそんなにゆっくりはできないというような状況を考えると、すこし奮発して空港ホテルに泊った方がよいだろうという結論に達した(ヒルトンというばとても高そうなイメージだが、この時のレートで2万円くらいだったか?)


翌日、9時50分の便でバーリへ。1時間弱で到着。バーリの空港から鉄道でバーリセントラル駅まで移動(11時20分ころ着。所要15分くらいだったか-バスもあるが鉄道の方がずっと速い)。

駅で昼食を食べて、12時30分発のイタリア国鉄でオストゥーニに向けて出発と思っていると、列車の出発はどんどん遅れ(駅の表示の遅れ時間がどんどん長くなっていった)、ついにはキャンセル。

イタリア語はわからないので、どういう状況か詳細はわからない。こういうときは周りの乗客の行動を見て、同じ行動をとるとだいたい間違いはないので、注意深く見ていると、ホームから出て、さらに駅舎の外へ向かう人が多数。多くの乗客も列車の運転がキャンセルされたからといって移動をあきらめるとは思えないので、何か代替の移動手段はありそうだ。

駅前へ行ってみると一台のバスがとまっており、そこに多くの人だかりができていた。どうやらバスによる代行輸送が行われるようだ。ただ、係員みたいな人は「solo mola」と言っている。「solo」は英語の「only」という意味で「モーラだけ」と言っているわけだ。モーラは駅名らしいが(鉄道の代行バスなので行先はどこかの駅であるはず)、どこなのかはわからない。13時30分ころ(本当ならばすでにオストゥーニに到着している時刻をすぎている)、そのバスは座席がすべて埋まり出発した。

おそらくこの後何台かバスが来るのだろうが、モーラも気になるし、確認の意味も込めて、近くにいたイタリア国鉄の制服を着た男性にオストゥーニ行の乗車券を見せると(オストゥーニに行くんだけど、ここに来るバスに乗ればいいの?という意味を含ませたつもり)、「ここで待っていなさい」というジェスチャー。先へ進めることはわかった。一応、一安心だ。

ところが次のバスがなかなか来ない。急なことで(当たり前だが)、バスの手配がスムーズにいっていないのだろう。

待つこと40分、やっと次のバスが来た。
14時15分、バスが出発。途中、道標を注意深く見ていると、これから行くモーラというところは、バーリ近郊の街というか地名ということがわかった。

14時56分、Mola di Bari 駅に到着。この駅とバーリ・セントラル駅の区間のどこかで問題が発生していて、列車の運行がストップしていたらしいことはわかった。そして、前のバスでバーリ駅を出た乗客はいなかったので、すでに列車が来て出発したこともわかった。ということは、ここで待っていれば、おそらくはバーリへ向かう上り列車がここで折り返し下り列車として出発するだろうことも想像できた。

15時半少し前、列車がやって来た。しかし、やって来たのは、予想とは異なりバーリ方面からの列車だった。すでに乗客は乗っている。どうやら運行が再開され、バーリからの下り列車がやってきたようだ。結局、バス移動は何だったのか。まあ、オストゥーニに移動できないという最悪の事態にはならなかったので良かったというべきか?

メモがないのでわからないが、16時をだいぶまわっていたと思うが、オストゥーニ到着。ただ、街は駅からは離れており、ここからバスに乗らねばならない。バスは一応鉄道の発着に合わせて運行されているようだが、この日は鉄道のダイヤが乱れていたので、列車の到着とは無関係という感じ。バスのチケットは駅に併設されているバールで購入(イタリアはだいたいこういうシステムになっている)。

16時25分のバスに乗車して旧市街の中心リベルタ広場で下車(グーグルマップで調べておいた)。

ちょっと迷いながら予約しておいたB&Bに行った。連絡しておいた到着時刻(到着時刻の連絡は要求された)を大幅に過ぎているので宿の人がいてくれるかどうか不安である(部屋の提供者の予定というものもあるだろうし)。幸いB&Bを運営している家の奥さんがいて問題なくチェックイン。

部屋の使い方についての話を聞いた後、すぐに街歩きに出た。



少し離れた場所から望むオストゥーニ旧市街(小高い丘に白い家が密集しているところ)。奥の方にアドリア海が見える。



オストゥーニ旧市街。



丘に広がる街なので、こんな感じの階段がある。



青く塗られた扉はチュニジアを思い起こさせるが、前に置いてあるベスパのスクーターがイタリア。





夕食。プーリア州に来たからにはオレキエッテ(耳たぶの形をしたパスタ)。大量のチーズでパスタの形がわかりませんが。写真ではわかりませんが、これだけでもかなりのボリューム。これ以外に、やはりかなりボリュームがある肉料理、サラダを食べたのでお腹はパンパン。少し食べ方を考えなければ。。。



リベルタ広場。



レストランやお土産屋も多く、かなりの観光地という感じ。



宿泊した部屋。奥のカーテンの向こう側に扉があり、外へ出来る時はその扉を使用。ベッドよりも手前の方にもドアがあり、そこを抜けると食堂やオーナーの居住部分がある。バスルームはゲスト専用のもの。


オストゥーニを出発する前に、少しだけ散策した(この旅行記の一番上のタイトルの背景になっている写真もその時に撮ったもの)。





世界各地の都市名。札が向いているのが各都市がある方角で見にくいが札にはそこまでの距離か記されている。一番上には自宅にいるみたいに感じてとあり、世界各地からの観光客へのメッセージだと思う。ハバナ(キューバ)からの観光客がいるのかどうかは疑問だけれど。



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