カッパドキア

7日目。

この日の目的地はカッパドキアのギョレメ。カッパドキア方面へのバスは混むことがあるので、チケットは前日、アンカラ到着時に購入しておいた。



この日のバス。最近増えてきた、1列、2列の座席。




トゥズ湖という塩湖の前で小休止。アンカラ-カッパドキアのルートは何度も通っているが、この塩湖の前で小休止するのは初めて。塩湖まで行く時間的余裕はなかった。



アンカラを11時に出たバスは15時過ぎにネヴシェヒルのオトガルに到着。このバスの終点はここで、めざすギョレメへはミニバスで移動。



ギョレメのオトガルからホテルへ向かう道で出会った猫たち。




カッパドキアでは、そこそこのホテル(とはいっても一泊5000円くらい)に泊ろうと思い、日本で予約していった。で、この部屋は予約した部屋ではなく、たまたまドアが開け放しになっていた隣の部屋。僕の部屋はごくごく普通の作りだった。




ホテルに荷物を置くと、すぐに外出。向かったのはギョレメの街が見渡せる場所(ギョレメ・パノラマとかいうところ)。カッパドキアへ来た最初の2回は現地ツアーで回ったので、ここからの眺めも見ているはずだが、すっかり忘れているのでやってきた。街からは十分徒歩圏内。



望遠で。帰国後、アルバムを見てみると、やはりこのあたりから撮ったと思われる写真があったが、ギョレメの街にはこれほどまで建物(ほとんどホテルなど観光客向け施設)はなかった。









8日目。

朝食前、カメラを持ってホテルのテラスに出てみた。観光気球を見るためだ。しかし、まったく飛んでいない。ホテルのスタッフによると、キャンセルされたとのこと。今にも雨が降りそうな天気だし、風向きもよくないのかもしれない。実は、次の日も気球は飛ばなかった。そろそろカッパドキアの観光シーズンも終わりに差し掛かっているのかもしれなかった。

さて、この日はまずネヴシェヒルの街へ出かけた。観光の目玉はないといってよいのだが、その変貌ぶりを確認したかったのだ。

初めてカッパドキアへ行ったころは、まだ、ネヴシェヒルが観光の拠点として機能しており、『地球の歩き方』のホテルの記載もギョレメやユルギュップよりも多かったが、その後、奇岩が間近に見られるギョレメの宿泊施設の急増、特に岩を掘ったいわゆる洞窟ホテルの急増などもあって、個人旅行者の多くはネヴシェヒルには滞在しなくなってしまった(大きな団体は街から離れた大きなホテルに滞在しているよう)。

ただ、観光客はネヴシェヒルには見向きもしなくなったが、街自体は発展を続けていたようで、最初の訪問の後、オトガルが2度も移転しており、今では、かなり郊外に位置している。トルコではオトガルの立地から街の規模みたいのがある程度推測でき、前回のカッパドキア訪問時、「こんな何にもないところにオトガルがあるということは、街が相当発展したのだな」と思い、ネヴシェヒルの街の変貌を確認したいと思ったが、時間がなくて見送らざるを得なかった。そこで、今回のカッパドキア行きでは、ネヴシェヒルの街を見るということが目的の一つとなった。(ということで、このブロックは自分用のメモ書きにすぎないので悪しからず)。



ホテルが何件か並ぶネヴシェヒルの中心部。しかし自分が泊ったホテルはすでになかった。そのホテルの裏側の部屋からは城塞が眺められたのだが、この通りから中に入った場所にも多くの建物が建っており、もし、泊ったホテルがまだ営業していて、同じ部屋に泊ったとしても同じ景色を眺められるような状態ではなくなっていた。また、この通りの周辺にも市街地が拡大しており昔の面影はほぼ失われていた。



ネヴシェヒルの街を歩いたあとは、いくつかある公開されている地下都市の一つの、カイマクルの地下都市へ行くことにした。カイマクルは最初のトルコ旅行で訪問した場所で、懐かしさもある。交通機関はミニバスで、ネヴシェヒルからけっこう頻発していた。最初にトルコ訪問した頃は、ドルムシュを利用して地下都市ほか観光名所めぐりをできないことはなかったが、運行本数が非常に少なく、まったく不便だったのとは大違いだ。ミニバスの頻発は、この辺の経済発展や人口増加とそれに伴う人々の移動の増加が背景にあるのは間違いない。



地下都市の入り口。この手前側には土産物屋や食堂が並んでいる。最初に来た時には、駐車スペースと入り口しかなく、「えっ、ここ?」という感じだったが。




一応、地下都市の中の写真も少し。




地下都市。



9日目。

この日は、午後の飛行機でイスタンブールに飛ぶことになっている。
午前中は観光にあてることができるので、ワンパターンだがギョレメ屋外博物館に行くことにした。



ギョレメ屋外博物館は岩窟教会で有名。いくつかの教会では保存状態のよいフレスコ画が見られるが、残念ながら現在は写真撮影が禁じられている。恐らく撮影可しかしフラッシュ禁止という時期があって、しかし、ルールを無視してフラッシュを使う観光客が沢山いたため(フルオートで撮っていると自動的にフラッシュが発光してしまうのをわかっていない人も多いと思う)、撮影自体が禁止されてしまったのだろう。僕は過去に何枚も撮っているのでよいが、観光客が旅の記憶の補助として撮影できるとよいのだけれど。。。




フレスコ画のないところは撮影オーケー。手前の部屋はおそらく厨房で、向こうは食堂だと思う(向こう側にちょっと高くなった部分と溝みたいにみえるところがあるが、手前の高くなっているところは長~い椅子で、その奥は長~いテーブル。写真ではみにくいが、その奥にも溝があっ長~い椅子がある。




こんな感じで外側に絵が残っている教会もある。




博物館から谷を隔てた向こう側を望む。壁に掘られている穴は鳩の家だと思う(古来この地方では鳩の糞を肥料として使ってきた)。




ギョレメ屋外博物館からギョレメの街への道。




1994年に上の写真と同じような場所で撮ったもの。電線が奇岩の眺めを邪魔しているし、歩道はない。実は道路も違っていてこちらはアスファルト、上はブロックを敷き詰めた石畳風の道。




眠る犬(ギョレメのオトガルにて)。



15時すぎの飛行機でネヴシェヒル空港を出発し、16時半ころイスタンブール・アタチュルク空港に到着。

イスタンブールカード(日本のスイカのようなカード-実はこうしたシステムはイスタンブールの方が整備が早かった-カードではなくアクビルというものだが)に20リラチャージして、メトロ、トラムと乗り継いでイスタンブール市内に出て、旧市街からガラタ橋を渡って少し行ったところのトプハネというところで降りた。

今回は、いつもとは少し違う場所に泊ろうというわけである。



カフェバーみたいな店が並び、地元の若い人に人気のエリアかと思われるが、その中に埋もれるような場所に予約したホテルがあった。パッと見はそれとは思えない一風変わったホテルだった。