<目次>
・ヤンゴン(このページ)
・バガン(1)

・バガン(2)
・バガン(3)
・バガンからマンダレーへ
・マンダレー
・マンダレー近郊
・インレー湖(1)
・インレー湖(2)・マンダレー



   ヤンゴン


2015年1月7日朝、ヤンゴン国際空港に降り立った。初ミャンマーである。

実はミャンマー旅行は10年以上前からの課題だったのだが、ミャンマーに外貨を落とし、それが軍事政権の助けになる(個人旅行者のそれはほとんど微々たるものだが)のが嫌だったので訪れにいた。しかし、ここのところ民主化が進んできたので、ようやくミャンマーへ出かける気になり、今回の旅となった。

ミャンマーはアジア最後のフロンティアと呼ばれていて、これからという国である。しかし、自分の場合、あまり観光のためのインフラが整いすぎない方が、色々とハプニングなどもあって面白いので好きである。旅が順調にいかないことも、程度問題ではあるが、楽しみの一つなのだ。

また、往々にして、途上国の場合、観光インフラの整備が進み、観光客の数が大幅に増大すると、それに伴い人々が観光ズレして、素朴さを失ってしまうという問題も起こる。

さて、ミャンマーであるが、国民の85%が仏教徒。日本の場合、葬式の宗教からみると、仏教徒と呼べそうな人々の割合は確実に90%を超えていると思われる。しかし、仏教による葬儀を行うからといって、自分は仏教徒というわけではないと思っている日本人も多いと思われるし、事実、正月には神社に初詣に出かけるし、クリスマスを祝う人も多く、特定の宗教に帰依して、それを生活や行動の基盤においている人は少数派と思われる。それに対して、ミャンマーの人たちの信仰は篤いように思う。

いたるところにパヤー(仏塔)を中心とする寺院があり、そこでは人々の祈りが見られる。旅行記の題名をミャンマー・パヤー・パヤーとしたのは、どこへ行ってもパヤーがあり、そこが人々の心のよりどころになっているのを感じたからである。

さて、旅の話にもどろう。

入国審査を終わり、両替をして (1ミャンマー・チャット=0.12円くらい)、税関を抜けるといよいよミャンマー旅行の開始である。

まず、ヤンゴン市内に出なくてはならないが、移動手段はタクシーのみ(ミャンマー国鉄の線路が空港のそばを通っているので、10年たたないうちに空港シャトルのような列車が運行されるようになるかもしれない)。空港からのタクシーというのは、どこの国でもぼったくりにあう可能性があるのだが、幸い、ここミャンマーはタクシーカウンターなるものがあり、そこを通して市内に定額で行くことができる(予約したホテルのある地区までは8000チャットだった)。

タクシーの運転手は若干の英語をしゃべり、ミャンマーには仏教徒がたいへん多いということを話し出し、日本の仏教徒の数を質問してきた。日本の宗教、仏教に対する関心が高いのだ。上に書いたとおり、仏式の葬式を行う割合がとても高いことと仏教を信仰している人(信仰していると自覚している人)の数はリンクしないと思うので、答えに窮したが、説明するのも面倒だし、第一伝わりにくいと思ったので、仏教徒の割合は90%以上と答えた。すると大変驚いていた。

10時10分ころ飛行場を出たが、幸い、ヤンゴン名物のひどい渋滞には巻き込まれず、11時10分ころホテル前に到着。一休みしたあと、さっそく街歩きに出た。



まずは腹ごしらえ。スープがちょっと甘ったるかった。



なんとなく電線が”うるさい”感じ。



電線がえらいことになっています。電線は裸の状態で、これが切れて人に接触して死者が出るということもあるらしい。



ヤンゴン環状線を走る列車。これに乗って環状線を一周することが観光客の間ではけっこうな人気。日本のJRの古い車両も走っているらしい。




路上の市場。こういう感じは途上国特有のもので、「途上国に来たなあ」感が高まりテンションがあがります。車の通行スペースが大幅に減るので渋滞の原因にはなっているけれど。



ヤンゴン市内では急速に日本食のレストランが増えているらしい。これは泊ったホテルの近くの店が出していた看板の一部。平仮名・ローマ字の両方が変。



1月8日

ヤンゴン2日目。ヤンゴンに来たからには、ここに行かなくてはということで、タクシー(メーターはなく料金は交渉制)でシュエダゴォン・パヤーへ。


シュエダゴン・パヤー(帰りがけに撮影)。


タクシーはエレベーターのある外国人用入口まで運んでくれた。シュエダゴン・パヤーは丘の上に建っており、そこまで屋根付の参道が続いているのだが、外国人には楽をしてのぼってもらおうということらしい。ゆっくり階段をのぼってパヤーにアプローチしたいと思っていたが、参道の入口戻ってまでして、とは思わないので、エレベーターに乗ることに。ちなみに、ミャンマーの人たちと一緒に参道をのぼっても、エレベーターに乗っても外国人観光客の入場料は一緒。



塔の上の方が何かに覆われているように見えると思うが、足場のようなものが設けられ修復中のようだった。修復中でなければ塔全体が金色に輝いていたのだろう。



人々の信仰は篤いという印象。





塔があるレベルから見た参道。






いったんホテルに戻って一休みした後、ヤンゴンの環状線に乗りに行った。ヤンゴンで発行されている『Yangon travel information』の”ツーリスト・アトラクション”のコーナーにも紹介されており、駅へ行ってみると、一目見て、これ(環状線)がお目当てだなとわかる外国人観光客がちらほら。車窓ものどかだし、地元の人々の様子を感じることができ、なかなか面白い時間だった(一周3時間くらい)。



ヤンゴン中央駅。駅舎に入ってもチケット売り場がわからず、駅員に尋ねると、直接ホームへ行くように言われた。



行ってみると、どうやら環状線用のホームらしく、乗車券売り場もあった。窓口のところには、次の列車の発車時刻の札もあった(英語表記だったので、やはり外国人観光客が多いようだ)。



線路のゆがみが。。。



これから乗る列車。





車内にあった禁止事項マーク。一番右側のがユニーク。



途中駅のホーム。こんなふうに市場状態のところも。それにしても列車に近すぎ。



けっこう空いているが、混雑した区間では席がほぼ埋まっていた。



環状線一周の旅もそろそろ終わり。写真を撮り損ねたが、途中、JR北海道で使われていたと思われる型の車両が見られた(塗装がそのまんまだったのでわかった)。



ヤンゴンの街の中心に立つスーレー・パヤー。ヤンゴンにはまだまだ沢山のパヤーがあるが、ヤンゴンでのパヤー見物はこれにておしまい。



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